小説 川崎サイト

 

老画家


 旧友。それは昔、付き合っていたが今は付き合っていない友も差すが、岸和田の旧友は古くから付き合っている現役の友人。その老画家の音沙汰が消えて久しい。岸和田はただの老人。年々友人が減っていくのは亡くなるからではなく、付き合いがなくなるため。その老画家とは不思議と馬が合い、長く付き合っている。岸和田は絵には興味はない。そのため、老画家は滅多に絵の話はしないが、個展などがあると必ずハガキが来るし、また電話もかかってくる。在廊の日に来て欲しいと。
 絵を見てもらいたいのではなく、そのあと飲みに行くのが目的。岸和田相手だと絵の話から離れるので、それがいいのだろう。
 その老画家の個展がここ二年ほど途絶えている。多いときは年に何回もあるが、全国各地なので、ハガキが来ても行かないことが多い。それと電話だ。これがないと行かない。絵を見るのが目的ではなく、友達に合いに行くため。
 岸和田と老画家とは比較的近いところに住んでいる。電車で数駅だが、その駅で降りることは滅多にないので、ついでに寄るということも希。
 消息が途絶えたようなものだが、個展をしなくなったためだろうか。
 それで岸和田は暇なので、見に行くことにした。しかし、老画家の家にはあまり行きたくない。妙な建築家が設計した奇妙な家のため、居心地が悪い。その箱の中に入っている老画家が別人のように見える。
 だが、音沙汰がないので、気になる。少しだけ顔を見て、帰ればいい。しかし、いるかどうかは分からない。電話をすればいいのだが、そんな関係ではない。つまり、いきなり押し掛けてもいい関係。アポなしで合える。それほど大層な画家ではないのだが、いつも通り、いきなり行くのがいい。
 閑静な住宅地の中に、一軒だけ妙な建物。これは目立つ。まるで山賊の砦のようで、むき出しの丸太の塀。それも不揃い。
 老画家は雑誌にコラムを連載している。今月号にも載っていたのだが、これはかなり書きためたものがあるらしい。
 丸太の隙間に入口があり、ここが勝手口。裏口だろうか。岸和田は勝手知った勝手口からいつも入る。鍵がかかっており、ロックされているが、これは仕掛けもので、順番通り引いたり押したりすると開く。その手順を覚えているので、簡単に開く。三段階だ。
 そこを潜ると、庭に出る。ここには何もない。芝生だけ。庭木を植えると手入れが面倒とかで、植えていない。それと原っぱを再現させたいのだろう。
 その原っぱを突き抜けると母屋の裏側に出る。数部屋の窓が見え、その一つには縁側がある。老画家の居間。だから縁側からの訪問になる。これは近所の人や馴染みの人向けの設計だろうか。
 箕田君。と、岸和田は声をかけた。
 しばらくして、物音がした。
 そして人影が現れ、近付いて来た。
 人影はガラス戸を開ける。
「ああ、岸和田君か、久しぶりだね」
 老画家は生きていたようだ。
 
   了

 




 


2020年12月1日

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