小説 川崎サイト

 

場末の古本屋


 草加は久しぶりに人で賑わう繁華街にやってきた。普段の用事は近場で済むし、ネットでも買えたりするが、電車に乗ってまで繁華街に出てきたのは人を見るため。人を見て買うわけではない。
 世の中がどうなっているのかを見に来たのだ。しかし近場も世の中、その近場にいるような人が大きな繁華街にもいる。しかし繁華街用の人のように見えたりする。つまり繁華街族のように。だが、深夜前に繁華街の人出も閉店後は引くだろう。やはり草加と同じようなところから遊びや仕事で来ただけで、繁華街人ではない。
 ところがその繁華街人がいる。実はその人の顔を見に行くのが目的の一つ。繁華街の人。遊び人ではない。夜の帝王でもない。ただの古書店の主人。
 田中といい、間口の狭い店の二階に住んでいる。倉庫だったところだが、居間兼寝床にした。古本も売れなくなり、店は開いているが、そこを開けないと出入りできないので、開けているだけ。店内は実は玄関のようなもの。土間のようなもの。しかし、本は一応並んでいるが、歯の抜けた棚もある。もう買い入れも、仕入れもしていない。
 草加はネオン街を通りに抜けている。人通りはそれなりにあり、以前とは変わらないが、店屋がコロコロと変わっていく。全部入れ替わったのではないかと思えるほど。
 世の移り変わりだろうが、数年前にも通ったので、それほどの驚きはないが、その頃から見ても、また変わっている。
 そこを抜けると所謂場末。田中の古本屋はさらに枝道に入ったところにある。もう店屋はほとんどなく、通行人もいない。
 季節はクリスマス前。まだ遠いが、それなりに寒くなってきた。草加は作業着のようなジャンパーを着ており、あまり繁華街では似合わない。遊び着が欲しいところだが、懐が寒い。
 古書店は開いているが、誰もいない。奥にレジがあるが、田中はいない。
 レジの横に便所の戸と階段がある。そこから田中を呼ぶと、階段を降りる音。
 別のものが上から降りてきたのかと思うほど、姿がおかしい。田中かどうか分からないほど。まさか、こんなところにモンスターが出現するわけがない。
 田中は蒲団を被って降りてきた。寒いようだ。電気を切られたのだろうか。しかし、店の蛍光灯は点いている。
「風邪かい」
「いや、蒲団がいいので」
「蒲団が」
「暖房要らずだ。蒲団だと」
「しかし、蒲団を被って店番できないだろ」
「客なんて来ない」
「来たらどうするの」
「流石に蒲団は外す」
「ストーブとか置けばいいのに」
「そうだね」
「顔を見に来ただけなので、これで帰るよ」
「そうかい。僕は元気だから、心配なく」
「また顔を出すよ」
 本当に顔だけだ。
「ああ、分かった、またね」
 世間を見に来たのだが、もの凄くローカルすぎるほどローカルな例外的な世間を見てしまった。しかし、それもまた世間の内だろう。
 
   了



 


2020年12月2日

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