小説 川崎サイト

 

イライラ波


 その年の夏から異変が始まり、初冬になってもまだ収まらない。異変の正体、理由が分からないどころか、異変そのものが分かりにくい。ただ、人々はイライラしている。分かりにくいからではなく、イライラする異変なのだ。
 くどいが、異変が苛立たせるのではない。苛立ちという異変だ。
 世相が悪い、政治が悪いと言っている人だけではなく、まったく無関心な人まで苛立っている。原因が何処にあるのかは分からない。気象庁は天気が原因だとは考えにくいと思われると記者会見で述べた。もし天気が原因なら全ての生き物、植物にまで影響するだろう。石にも。
 しかし、イライラしているペットはいないようで、飼い主のイライラの影響で、猫まで苛つくようになることもあるが、野良猫はいつも通り。だから自然界そのものには異変はない。人間だけ。
 では赤ん坊はどうか。これは苛立たない。不満があると苛立つのが仕事なので。
 いつもぼんやりとしているような人はどうか。これはやはりぼんやりのままで、イライラしたぼんやりさんは見かけない。アホは風邪を引かないようなものだろうか。
 この異変は苛つきだけではなく、短絡的行為というのを促すようだ。苛立つためだろう。しかし分別のある人は、その手前で食い止める。
 実際の被害はそれほどない。パニックにもなっていない。少し苛立つ程度なので。
 ある人は低周波ではないかと言っている。その周波はまだ観測されていないが、その恐れが高いと。
 冬が始まり、クリスマスが近付いている。夏からもうかなり経つ。
 それで、人々はこの異変に振り回されているわけではない。夏から続いているが、それ以上の影響がないため。
 これが長いと見るか短いと見るかは前例がないので分からない。
 まあ、多少イラッとする程度で、普段でもその程度の苛つきはある。それが増えた程度。そのうち慣れてきたのだろう。
 低周波説を唱える人の中に、巨大な貧乏神が貧乏揺すりをして、その振動が伝わっているのだと発表した。
 人々はここぞとばかり苛立った。
 
   了

 


2020年12月4日

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