小説 川崎サイト



細く延びた道

川崎ゆきお



「あんたも、ここに辿り着いたか?」
 いきなり、老人が話し掛けてきたので驚いた。
 私と同じように、その老人も自転車でここに来たようだ。そして祠の横の石に腰掛けている。
 私は老人に言われ、初めてそのことに気付いた。
 つまり、何度も何度もこの場所に出てしまうことに……。
 まるで何かに引き寄せられた……かのような錯覚に陥る。
「この祠の中に何か神様のようなものがいて、呼び寄せるのでしょうか?」
「やはりあんたも、その種類の人間だな」
「その種類とは」
「この祠に注目し、また、この祠が目に入り……そしてじゃ、神様と結び付ける……そういう考え方が出来るということでな、同じ種類じゃと言うたまでよ」
「おじさんは祠の研究家ですか?」
「わしは暇な隠居さんだよ。やることがないから自転車でこの辺りを巡回しておるだけ」
 私は老人との共通点を見付けた。
「僕はここから南の町に住んでいます。ここは知らない町ではないのですが、通過するだけの町です。自転車散歩のコースにいつの間にか入っているだけです」
「あんたの姿はたまに見かけますよ。ゆらりとペダルを漕ぎながら、細い道を行く姿を」
 私はこの老人を見るのは初めてだった。
「あんたは何かを探しているのかね。この場所は通過するというよりも寄り道しないと来れない場所だ」
「のんびりと自転車散歩を楽しんでいるだけです。ここへは自然に辿り着くのです」
「自然?」
「はい。ある道を真っすぐ真っすぐ走っていると、ここに出てしまうのです」
 老人はにんまりし、そして頷いた。
「すごく細い道で時々曲がっていたり大きな道路にぶつかると途切れたりしますが、何とか続いているのです」
「ふむふむ」
「大きな道は車が多いので走りにくいですし、歩道は段差が多いし、また信号も多いので、出来るだけ車が入って来ない細い道を選んで走ってます。そして曲がらなくてもいいように、ずっとずっと直進出来る道を……」
「あんたが走って来た道は村道だ。まだこの辺りが村落だった時代の残り香だよ」
「香りなんですか」
「既に農道の役目を果たしてはおらんからね。その農道は昔の道でな、村と村を結ぶ幹線でもあるのじゃ」
「旧街道ですか」
「大きな街道の上流じゃ。まあ、この地方には山はないので上流という言い方はふさわしくないが……」
「ここへ来る道は斜めに伸びてました」
「それが村と村を結ぶ直線コースのためじゃ。斜めに走っておると感じるのは、後から作った道が被さっておるからじゃ」
 私は別の道を走っていても、ここに辿り着くことを話した。
「妙な散歩をする人じゃな。余程の暇人でないと、そんな細い道を選んでは走らん」
 老人は口元をほころばせながら続ける。
「ここは昔の交差点でな、四方の村と繋がっておる。そしてじゃ、どうしてもここに来てしまうのは、細い道とは言え村と村を繋ぐはっきりとした目的のある道のためじゃよ」
「住宅地の道は行き止まりになったりして、自転車散歩コースには向いていません」
「そんな道の中から、この由緒正しき道を見つけ出すのは容易じゃ。細い割りには伸びが良いからな」
「そうです。どこまで続いているのかが気になり、走ってみたくなるのです」
「住宅地の中に、この道が埋まっておるのだよ。目立たんがしっかりした道じゃ。なぜなら、その住宅地はついこの前まで田圃じゃった。住宅内の道とは伸びが違うのさ。伸びが」
 老人は腰を上げた。
「さあ、これで説明は終わり。わしの休憩も終わり」
 老人は祠の前に止めている古びた自転車に乗り、左右にタイヤを振りながら走り去った。
 私は少し間を開け、その後を追った。
 
    了
 

 

          2003年10月2日
 

 

 

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