小説 川崎サイト

 

本多郷領


 隣国との国境、常に小競り合いがあり、戦闘状態。慣れたもので、敵が押し出してくれば、こちらからも迎え撃てば、敵は退却する。実際に戦いになることは少ない。矢が飛んでくる程度。軽い矢合わせで済んでいる。そのあと突っ込むはずの槍隊は動かない。
 白根砦では、それが日常化している。ここを守る武将は交代制。僻地と言うほどではないが、長くいたくないのだろう。
「敵の有力部隊が来るようです」
 物見からの報告。
「誰だ」
「奥山の兵とか」
 奥山は敵の主力部隊に近い。だからこれまでの兵とは違い数が多いし、本気でかかってくる可能性が高い。
「それはまずい、すぐに本城へ伝令を」
「はっ」
 しかし本城では別の敵が来ているので、そこに兵を出したあと。
 白根砦は何とか持ちこたえよとの命令。
 それでは見捨てられたようなもので、守るにしても落とされるのは時間の問題。この砦を奪われてもまた取り返せばいいと思い、白根砦に詰めていた武将や配下は引き上げた。もの抜けのカラで、もう誰もいない。砦を捨てたのだ。
 敵の奥山隊は戦わずして白根砦を得た。
 本城の主力部隊は別の敵と戦っていたのだが、これが苦戦で、何ともならない。その隙に白根砦から本城へ奥山部隊が突っ込んできそうな雰囲気。
 本城に主力兵がいないので、これはかなり危ない。
 さて、白根砦から逃げ出した武将とその配下は吉良村に入った。ここは中立地帯の寺領。
 本城に戻っても危ないと思い、そこに逃げ込んだのだ。
 または状況を見るため、一時待機ということで。
 白根砦守備隊は数百規模。本多重森という武将が本拠地の村々で動員した兵達。
 吉良村は寺領と言っても小さな寺がある程度、普通の村だ。しかし町屋が多いのは戦闘のない村のためだろう。店屋も多くあり、一寸した町。
 白根砦を奪った敵の大将奥山が僅かな供回りで、その寺領へ入った。白根砦の敗走兵が、ここに来ていると知ったので。
 しかし、ここでの戦闘は禁止されている。この寺領の本山を敵に回すと五月蠅いためだろう。それにそれは決まりだ。奥山の一存でできることではない。
「奥山様がお見えです」
「ここまで追ってきたか」
「僅かな供回りです」
「分かった会おう」
 本多重森が仕える主筋は二方面から攻められているようで、いずれ亡びるだろうという話を奥山が語った。今なら本城は空き城同然なので、そのまま攻め取れる。
「そこで相談だが」
 つまり、寝返れと言うことだ。このまま本多隊が本城に入り、そこで反旗を翻せと。それなら無血で落ちる。
 密談は成立した。
 本多重森は本城で謀反を起こし、敵の奥村隊を引き入れた。
 本多は数ヶ村与えられる約束だったが、それを断り、本拠地の村に引き上げた。
 この本拠地の村々がある郷、寺社領と同じ扱いにして貰いたいと奥村に頼んだ。
 奥村はそれを引き受け、希望通りになる。
 本多家はその後も実質上誰にも仕えず、明治まで本多郷館主として続いた。
 
   了
 
 


2020年12月24日

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