小説 川崎サイト

 

祠巡礼


 妖怪博士は坊さんの月参り、つまり亡くなった人の月命日に参るように、妖怪などが憑いた人や家とかを訪問する仕事がある。これは税金がかからない。それに直接お布施のように現金で車代としてもらう。ただのお車代だが、結構遠くまでタクシーで往復できそうな金額のときもある。それで訪問後、本当にハイヤーを呼んで、お車代分の距離を乗り回したこともある。当然往き道と帰り道は違う。
 そのため、本当にお車代を車代で使い切ったりする。最近はそれを楽しみにしている。
 また、いい場所があれば、そこで降りて、そのあたりを散策し、食事処があれば、そこでいいのを食べる。好物は上トロの刺身。流石にタクシーは降りたときに帰す。
 その日もそんな感じで寺社などが結構ある観光地をウロウロしていた。いつもは降りることはなく、ドライブを楽しむ感じだが、冬場にしては暖かく、陽射しもあり、よく晴れているので、ぶらつきたかったようだ。
 妖怪博士は大きな神社やお寺には行かないで、その周辺にある小さなお堂や、祠や石塔や石仏などを見て回る。
 祠だと思い、覗き込むと犬が飛び出したこともある。そういう形をした犬小屋だった。
 黒くて長いコートの襟を立て、黒くて縁の広い帽子を被り、さらに杖をつき、猫背で歩く姿は異様だが、寺社参りで、そういう年寄りは結構いるので、それほど目立たない。それに服装自体は地味。
 大きな寺があり、それに寄り沿うように、小さな寺も集まっている。神社は遠慮したのか、このあたりにはない。
 そして大寺の裏側にゴチャゴチャした一角があり、そこにお堂や祠などが点在している。当然、そこを順番に回っている土地の人がいる。それらしい人を見付け、あとを付いていけば周遊コースが分かる。
「先ほどから、付いてきていますが、何か御用ですか」
 尾行の仕方が悪かったのか、妖怪博士は魂胆を見抜かれたと思ったが、そうではなく、後ろからややこしそうな人が付いてくるので、気味悪がったのだろう。
「いいところですなあ」
 妖怪博士は、間を飛ばして、その話題に振った。
「ああ、年寄りの散歩コースですよ」
「いくつほどあります」
「参るところかね」
「そうです」
「七箇所ほどあるかのう」
「それは多いと言えますね」
「しかし離れたところにぽつりとあるクワガタさんへは行かないことが多いのです。信号のない道を渡るのが面倒なので」
「え、何がですかな、そのクワとは」
「クワガタさんと言って、クワに関係する神様がいます」
「鍬形のことですかな。兜の」
「そうです」
「兜を祭った祠ですか」
「兜はもうありませんがな」
「それは」
「平安時代の話です」
「それは古い」
「平家の武者が被っていた兜だと聞きますのう」
「それは何に効きます」
「やはり武運でしょ」
「その平家の武者は強かったのですかな」
「祠のあったところで、亡くなったようです」
「それは哀れな。じゃ、弱かった」
「さあ」
「敵に見付からなかったのですかな。そんな鍬形の兜などを被った武者の首なら拾い首でも手柄になる」
「さあ、そこまでは知りませんが」
「首塚じゃないのですか」
「いや、そのへんに埋めたらしいです。村人が」
「そしてお墓代わりに祠を造り、その中に兜を入れたのですかな」
「そうそう。そう言う話じゃと思いますよ」
「じゃ、村人と親しかった平家武者だったのかもしれませんなあ」
「さあ」
「行ってみます。場所を教えて下さい」
「はい、いいですよ」
 妖怪博士はお参り周遊コースから離れた場所にあるという、その祠への道順を聞き、そちらへ向かった。
「あのう」
 先ほどの人が呼び止めた。
「妖怪が出るようなので、注意を」
「はい、有り難うございます」
 しかし、道順を間違えたのか、鍬形へは辿り着けない。近くの人に聞くが、そんな祠はないらしい。
「やれられたようじゃ」
 妖怪博士は苦笑した。
 祠巡り、その周遊コースに出る妖怪がいるのだろう。
 
   了




 
 


2021年1月2日

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