拾い戎
「相変わらず景気が悪いようだね」
「安定している」
「悪いところで安定しているんだね」
「安定感がいい。素晴らしい」
「しかし生活が安定しないでしょ」
「ああ、不安定だ」
「だから景気の底で安定しているより、そこを動かせばいい」
「底を」
「ああ」
「いろいろやってみたが、何ともならん。無駄なあがきだ」
「じゃ、一緒に行こう」
「何処へ」
「拾い戎だ」
「えびす?」
「そうだ」
「ああ、十日戎か」
「そうだ」
「行っても商売繁盛にならんから、もう行っていない」
「表からじゃだめだ」
「残り戎にも行ったし、裏戎にも行った」
「裏戎?」
「十日戎が終わった深夜に行くのが裏戎」
「そんなのがあったのか」
「効かない」
「そうだろ」
「だから十日戎はもう効かないので、行かない」
「拾い戎というのがあるんだ」
「拾い戎?」
「縁起物を買った人は次に行くときはそれを返しに行く。まあ、ゴミだね。賞味期限が切れた縁起物は。それが境内の一角に置かれているんだ。それを拾いに行く」
「意味は分かる。魂胆も」
「いや、もう少し説明を聞け」
「ああ」
「賞味期限が切れても実はまだ効力があるんだ。それを捨てるわけだ」
「そうなのか」
「それと戎とは蛭子のこと」
「ヒルコ」
「川か海に捨てられた。醜いので」
「古事記か」
「そうだ、似ていないか」
「何に」
「だから、返しに行くんじゃなく、捨てに行くようなものだろ」
「でも一年ものだろ」
「いや、もっと長い。まだ寿命はある。効力はある。それなのに捨てる。ヒルコのように。それを助けに行けばどうなる。ヒルコは喜ぶ。そして商売繁盛になる」
「それを拾い戎というのか」
「そうだ。行こう、いっぱい捨ててあるところを知ってるんだ」
「何処に」
「だから、十日戎をやっている神社の裏だ。まとめてゴミに出すんだろ」
「いい話を聞いた。藁にすがるよりも、良さそうだ」
「行くか、本気で」
「ああ」
「だめだなあ、そうやってすぐに信用するから商売がうまくいかないんだ」
「じゃ、嘘なのか」
「本当の話なら私が拾いに行くよ。まあ、地味に貧乏してるのが平和でいい」
その話を嘘だと思わないで、すっかり信じてしまったのか、戎神社の裏に行ってみると、物置があり、その前に戎の面や福笹や飾り物が無造作に積み上げられていた。
男は大きな戎のお面をえびす顔で持ち帰った。
その後、商売が上向いた。
と、いう話は聞かない。
了
2021年1月12日