小説 川崎サイト

 

無人の宿場


「雨が降らずによかったですね」
「持ちましたね」
「でも雨じゃなく、この寒さじゃ雪になるかも」
「雨雲と雪雲との違い、分かりますか」
「分かりません」
「でも降りそうにありませんね」
「このまま持ってくれればありがたい。次の宿場までまだまだ遠い」
「そうですね。じゃ、私は先に」
「ああ、道中、気をつけてね」
「あなたは?」
「私は膝が痛いので、もうしばらく休憩してから立ちます」
「はい」
 旅人が宿場を目指して早足で歩いている。持つようだが、いつ降り出すか分からないので。
 その心配が当たったのか雨が降り出した。雪ではなかったが、降り方が激しい。これは通り雨だろうか。山に雲がかかり、もう見えなくなっている。
 降ることが分かっていたので、背中にかけていた雨具をつけるが、少しましな程度で。降り方が強すぎる。
 宿場までまだある。
 こういうとき、木の下で雨宿りという手がある。無理して雨の中、歩く必要はない。
 屋根になりそうな濃く茂った葉の木はないかと茂みの中に入っていく。
 すると家の屋根が見える。
 これは幸いと、その家の近くまで来ると、屋根が多い。
 志摩宿と書かれている。
 次の宿場ではない。それに宿場なら街道沿いだろう。
 これは危ないので、近付かない方がいいと、旅人は引き返した。
 そして元の街道に出て、早足で、次の宿場を目指す。
 宿場町に入る頃は雨はやんでいた。しかし、ずぶ濡れ。すぐにでも熱い湯に入りたいところ。
 しかし宿場町は無人。誰もいないし、またどの宿屋も店も開いていない。
 どうしたことかと、突っ立っていると、先ほど道ばたで出会ったあの人が近付いてきた。膝が悪いといっていたが、直ったのだろうか。しかし、それにしても早い。
 それは茂みの中の宿屋で時間を取られたので、遅くなったためだろう。
 その人は旅人を見るなり、ここは危ないと教えてくれた。
「私もこんなことになっているとは知りませんでしたが、ここは危なそうです」
「しかし、日が傾いてきたので、次の宿場へは」
「そうですなあ」
「あのう」
「なんでしょう」
「ここへ来るまでに宿場がありました」
「そうなのか」
「はい。怪しげだったので、引き返しましたが」
「じゃ、そこへ行こう。ここは何かおかしい。人がいないので分かる」
「はい」
 二人は、茂みの奥にある宿場へ入った。
 人が歩いており、また宿屋も店屋も開いており、その二階には明かりが灯っており、既に宿泊客がいる。
「普通でした」
「あの宿場に異変があったので、こちらに引っ越したのかもしれん」
「しかし、茂みの中ですよ。街道沿いじゃなく」
「見つからないでいいのでしょ」
「何にです」
「先ほどの宿場を無人にした化け物にです」
「はあ」
 
   了

 

 


2021年1月14日

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