小説 川崎サイト

 

妖怪のいない一月


 冬ごもりに入った妖怪博士だが、ずっと家にいるわけにはいかない。妖怪封じのお札を貼り替える家が複数ある。いずれも大きな屋敷。これを月参りと呼んでいる。
 寒い時期、出かけたくはないのだが、仕事なので仕方がない。本来、妖怪研究がメインなのだが、ついつい頼まれて余計なことをしてしまう。妖怪ハンターの力はない。幽霊や妖怪が目の前にいても、勘が鈍いのか、それで普通なのか、何も感じない。
 そのため真夜中の墓場へ行っても、何ともない。自分にはそういうものは見えないと思っているためだろう。
 そういうものがいないとは思っていないが、自分には分からないと。
 妖怪封じのお札、護符も効くとは思っていないが、貼ると安心する人がいる。その人に貼るサロンパスやトクホンではないが。
 今日は平田氏を訪ねる日。スケジュール帳はないが、月割りのカレンダーに記してある。
 お札はかなり持ち、ずっと持ち、賞味期限のようなものはない。しかし平田氏は毎月貼り直してもらいたいらしい。そういう人が数人いる。そこを回る仕事の日だけは外出する。まあ、お得意さんだ。
 平田氏の家は少し遠い。私鉄を二つほど乗り換えないといけないが、妖怪博士の家が交通の便の悪い場所にあるので、平田氏の家が遠く感じるが、実際には便のいい場所。土地の安い郊外ではなく、結構中心部に近い。昔からある屋敷町だろう。
 妖怪博士はホームゴタツのスイッチを切り、ガスコンロを覗き、水道の蛇口も確認し、そして玄関戸に鍵をかけたのを確認し、表の路地に出た。ここは不思議と舗装されていない。雨が降ると水たまりができるし、ぬかるむ。
 路地を抜けると、普通の市街地の道路に出る。
 そこから駅までの道が遠い。寒風の中、歩くのがいやなのだ。
 それで、風がましな狭い通りにすぐに入り込む。ビル風の方が普通の風よりも厳しいので、そのコースは避ける。
 駅までの道は妖怪博士だけが知っている間道で、狭いが風はまし。
 駅に着いてしまえば、あとは楽。乗り換えが面倒だが、車内は暖かい。
 そして平田氏の住む最寄り駅で降りる。駅前は広々とした公園。樹木も多い。老舗の饅頭屋とか、歯医者の古いビルがある。やっているのかどうか、分からないような歯医者。
 平田氏からいつも舶来菓子を頂戴するので、そのお返しというわけではないが、手土産として田舎饅頭ときんつばを買う。
 いずれも茶菓子として一緒に食べるのだが、自分が食べたいのだろう。
 高級住宅地近くなので、非常に高い饅頭だ。ここで作っているらしく、早朝に作り、昼頃には売り切れている場合がある。いまは昼過ぎ、まだ残っていたのでほっとする。
 それぞれ二つずつ買う。合計四つ。それを正方形の小さな菓子箱に詰めてもらい、包装紙、紐まで付けてくれた。高いだけのことはある。その辺の饅頭の倍以上するのだから。しかし、ものは小さい。一回り小さい。特にそのサイズのきんつばは、ちょうどいい量だ。大きいと飽きてくるし、皮一枚の中は全部アンコなので。田舎饅頭もそうだ。皮の上から下の黒いアンが見えている。
 道幅の広い道路には歩道が付いている。車の量は少ない。銀杏並木は当然幹と枝だけになり、風で枝が震えている。
 沿道の家はどれも大きい。敷地も広い。岩ほどあるような石を積み上げた石垣が長く続く。
 さらに行くと、黒塀。これは背が低いためか、庭木で高さをカバーしている。これも長く続く。それほど庭が広いのだろう。
 平田氏の家もそれに負けないほどだが、ある程度敷地面積は決まっているようで、高級住宅地として分譲されたようだ。かなり昔の話。
 平田氏の家は洋館風で、ひときわ庭木が多い。
 ちょうど約束の時間に来たので、インターホンを押すと、平田氏が出てきた、鉄柵の門を開けてくれた。出入り口はそこだけ。
 応接間に通され、いつものように紅茶をいただく。それに合うかどうか分からないが、例の饅頭を出す。
 平田氏は、その和菓子屋を知っていたが、買ったことはないらしい。一度食べてみたかったようで、喜んでもらえた。
 いつものように雑談が始まるが、妖怪博士は聞き役。
 妖怪博士は甘い饅頭を食べると眠くなる。それに寒いなかを歩いて来て、応接間の暖房がいい感じなので、さらに眠たくなる。また平田氏の話も眠い。政治経済世界情勢のお経にたまに打つ相づちを忘れるほど。
 その読経を聞いていると月参りに来たはずの妖怪博士なのだが、逆だ。
 妖怪が出るのだが、最近は出なくなったらしい。妖怪封じの札が効いているのだろうか。月に一度貼り替えるのだが、張り替えすぎだ。
 このままでは寝てしまうと思い、妖怪博士は「さて」といいながら、お札の貼り替え作業に入った。
 それを終え、帰りしな、謝礼をいただく。
 そしてもらい物ですが、といいながら、舶来菓子もいただく。焼き菓子のようだ。
 そして表に出ると、冷たい風。寒風の中、妖怪博士は駅前まで元気よく歩く。お布施のような礼金が先月よりも多かったためだろう。
 
   了

 


2021年1月15日

小説 川崎サイト