小説 川崎サイト

 

幽霊探知機


 妖怪博士宅の最寄り駅前の商店街の奥にある古びた喫茶店で久しぶりに幽霊博士と話し込んでいる。
 幽霊博士はまだ若い。それで困ったことがあると妖怪博士に相談する。幽霊博士も妖怪博士も幽霊ハンターではなく、また妖怪ハンターでもない。ただの研究家。
 手強い幽霊が出たので、妖怪博士に助けを求めに来たわけではない。最初から、それは期待していない。
「幽霊探知機」
「そうなんですよ妖怪博士。今はその時代ですが、霊媒師や霊能者、または霊が見える人とコンビを組むことが多いようです」
「幽霊探知機とはどんなものですかな」
「一台じゃありません。暗闇でも見えるカメラとか、熱に反応するカメラとか。磁場とか振動とか、そういう機材が複数あります。スマホのアプリにもありますし」
「センサーですな」
「そうです。ですから僕たちのような霊感の鈍い人間でも幽霊が見えるわけです」
「妖感もそうですな。羊羹は好きですが」
「はい」
「じゃ、幽霊博士はもう時代遅れですか」
「妖怪博士もそうでしょ」
「そうじゃな、スマホで妖怪が釣れる時代ですのでな」
「しかし幽霊はその人の内部にいるとすれば、そんな機械では役立たないでしょ」
「妖怪もそうですなあ。見る側にいる」
「そのタイプが多いのですが、幽霊屋敷などがありますから。そこでは恒常的に出現しています。複数の人が見たり、また写真に写ったり、センサーも反応します。また幽霊の通り道、進入口も分かったりするのです」
「幽霊は壁を抜けられないのですかな」
「そうです」
「じゃ、物理的な存在ですな。透明人間も見えないだけで具はある」
「具ですか」
「妖怪はまあ冗談としても、幽霊はリアルですからな、早くその仕事を辞められた方がいいでしょ。何度も言っておりますが」
「有り難うございます。その助言を活かし、本当に出るところには行きません。僕など太刀打ちできる相手ではありませんから」
「しかし、どうして幽霊博士をやっておられるのですかな。まだお若いのに」
「祖父が心霊博士だったからです」
「ああ、その影響ですか」
「普通の社会人をやるより、楽しそうだったし、祖父は真面目な人でしたが、格好よかったのです」
「もう亡くなられたのですか」
「はい、長寿でした」
「心霊に関わり続けても無事だった?」
「生涯一度も幽霊に出合わず、心霊体験も一度もなかったようです」
「君はどうじゃ。いつも目の縁が黒いし」
「誤解です。そういう目元なのです」
「それは失礼」
「直接幽霊と対峙したことはありませんが、危ない目に何度も合いました」
「ほう」
「それで分かったのですが、幽霊はぼんやりとした半透明な姿で現れるのではないようです」
「というと」
「間接的です」
「ドアが勝手に開くとか、音を立てるとか」
「そうです。幽霊屋敷の古典的例ですが」
「君は幽霊を信じるかね」
「それも含めての心霊現象。超常現象は信じますし、間接的な体験もしています」
「気のせいではなく」
「そうです」
「祖父の心霊博士も天寿を全うしましたので、僕も大丈夫だと思います」
「心霊博士の著作はあるのですか」
「ありません。書けなかったようです」
「どうしてでしょうなあ」
「語ってはいけないことだったようです。僕にもその体験談を一切話してくれませんでしたので」
「ところで、今日は何かの用事のついでですかな」
「はい。近くまで来ましたので」
「またいらっしゃい」
「妖怪博士もご無事なようなので、安心しました。しかし祖父と同じように、本当のことは話さないでしょうねえ」
「そんなものはありません」
「はい。そういうことにしておきます」
「もう行くかね」
「はい、どうかご無事で」
「いやいや、最近私は妖怪封じのお札を貼りに行く程度ですから」
「それは呑気でいいですねえ」
「そうじゃな」
「じゃ、これで」
 幽霊博士は伝票を掴み、先に立ち上がった。
 
   了

 


2021年1月16日

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