小説 川崎サイト

 

町歩き


「北の方へ行くと、一寸変わったところがありますよ」
「このまま真っ直ぐ行けばいいのですね」
「そうです」
 町歩きの青年が見知らぬ町を行く。教えて欲しいと聞かないのに、老人が教えてくれた。
 何か
 それは青年の服装を見れば分かるのだろう。リュックを背負い、カメラを首からぶら下げている。最近よく見る町歩きスタイルなので、老人はそれと分かり、面白そうなところを教えたのだろう。親切な人だ。同じ服装をしていても、別の用事かもしれないが、ほとんど当たっているのだろう。こんな町までわざわざ来るようなカジュアルな余所者はいないはず。
 しかし、教えれなくても、青年は北へ向かっていた。だからそのまま行けばいやでも変わった場所に出られるはず。
 周囲は一寸古びた住宅地。もう取り壊され、建て替えた家もあるが、ほぼ同じ人が住んでいるのだろう。
 少し古いだけで、もの凄く古いわけではない。江戸時代とまではいかなくても、明治大正の頃の建物が残っていれば、趣もあるのだが、戦後建ったものが多い。ブロック塀を見れば分かる。
 庭木もかなり成長し、枝は切られているが、幹は太い。
 町歩きの青年は、もうそれだけでも十分で、それ以上の場所など期待していなかった。もしそんな場所や建物や風景があったとしても、自分で発見したい。いきなり登場してくる方が効果が大きいのだ。
 それで北へ向かったのだが、この町も、そのあたりで終わるのか、畑が左右に見えだした。しかし、よく見ると家庭菜園。田んぼはない。あれば農家があるはず。農家がある村なら、神社ぐらいあるだろう。しかし、まだ見かけない。できたのは古いが新興住宅地だったのかもしれない。
 さらに北へ向かうと、今度は雑木林が目の前に迫り、車道はそこで途切れる。
 家も少なくなる。雑木林の向こうは丘陵だろう。その先に山があるはず。そこからは里山歩きになるのでジャンルが違うため、行く気はない。
 北へ行くと一寸変わったものがあると老人が言っていたが、何だろう。もうこの町の端っこに来ているはず。しかし、何もない。
 だが、それ以上北へ行くとなると、雑木林の中に入ることになる。小道がポッカリと繁みの中で口を開けている。
 これは食べられるぞ、とは流石に思わないが、老人が言っていたのはこの雑木林かもしれない。
 町歩きの青年はそう確信し、繁みの中に入っていった。
 そして、もう二度と出て来られなかったということにはならないと思いながら、それらしきもの探すと、小屋がある。
 小さな小屋ではなく、横に拡がっている。幾棟かあるだろう。
 これに違いないと、青年は小屋へと向かった。
 その入口にチロリン村と書かれている。
 小屋は店屋のようだ。木工品が並んでいる。仏像もあるし、怪獣もある。
 小屋の裏側で電ノコの音がする。
 店番はいないし、当然客もいない。しかし、土産物屋のように並んでいる。どれも真新しい。
 一寸変わったところとは、これだった。
 あまり興味がなかったのか、町歩きの青年はすっと引き返した。
 
   了
 

 


 


2021年1月21日

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