小説 川崎サイト

 

何もないような状態


 あまり何もないような状態は退屈。しかしこの時間や期間が一番長いように竹田には思えた。たまに刺激的なことが起こるが、滅多にない。また竹田から何かを仕掛ければ、あまり何もないような時間から解放されるが、すぐにまたあまり何もないような時間に戻される。
 これは平穏でいいのだが、その期間が退屈。それなりに小さな刺激とか小さな変化はあるものの、だらだらと同じような絵が続くような風景では見飽きてしまう。だからこの時間や期間、日々でもいいが、そこが楽しめればいうことはない。だが通常の刺激とは違うだろう。これは見いだすようなもの。
「ほほう、竹田君もそこに至りましたか」
「まだ、至っていません」
「そこに気付いただけでも十分」
「どういうことでしょうか」
「その何でもない時を上手く過ごせば、良いわけでしょ」
「そうです。刺激を求める必要はありませんから」
「そこなんですよ竹田君。その先が難しい。飽きる。緩和する。退屈。眠くなってくる。これなんです」
「言われなくても承知しています。問題はそれをどう処理するかでしょ」
「いっそのこと寝てしまえばよろしいが、それではただの睡眠。本当に寝ると肝心の夜に寝られなくなる。この睡眠というのはディフォルトとしてあるのです。蒲団に入れば、退屈も何もなくなるでしょ。寝てしまえば。だから起きているときに、起きている状態で寝ているような感じが良いのです」
「それはただ単に惚けているだけでしょ」
「それそれ、それが極地です。一番の至福です」
「先生はそれができるのですか。惚けたような状態に」
「恍惚状態です。これが最大値でしょ」
「なりましたか」
「なれません」
「そうでしょ」
「だから、それは無理でも、ぼんやりとしているような状態だと、それほど刺激は必要じゃない。ここなんですよ竹田君。ここなら可能です」
「やはり一寸目先を変えて違うことをする方が簡単なような気がしますが」
「それじゃ、境地ではなく、ただの横移動。前後、上下移動でも、似たようなもの」
「意味は分かりますが、だらっとしている状態も悪くはありませんが、ただのだらっとではこれもまた飽きてきます」
「何もないような平凡なことに意味を見いだす。この道があるのです」
「意味」
「そうです。単純なものでもじっと見ていると、変化があるし、また何らかの動きや規則性や、意外性などもあるのです」
「はあ」
「普通の風景でもありがたく頂くと、美味しいものです」
「それを見いだすといういことなのですか」
「そうです。退屈なものほど、味わい深いものが潜んでいるのです。その背景などの絡みで、そうなっているとかね」
「はい、退屈なことをやっているとき、一寸見直してみます」
「そうしなさい」
「はい」
 
   了



2021年1月30日

小説 川崎サイト