小説 川崎サイト

 

依頼者が待つ喫茶店


 北村は朝、起きたときから調子が出ない。身体が少し重いようだ。そういう日はたまにある。季節の変わり目とか、寒暖差が大きいときなど。
 気にするほどのことではなく、支障はないのだが、動きが重い。それで動きが遅くなるのだが、それで丁度いいのかもしれない。なぜならいつもは急ぎすぎで、活発すぎるため。元気なときの方が問題だったりする。
 緩慢な動き。これもまた良いのではないかと北村は思い、身体のペースに合わせることにした。気持ちを身体に合わす。よくあることだ。逆に身体の動きに気持ちも引っ張られる。どちらからでもいけるのだが、しんどいときは身体の動きに従うのが賢明。無理をすることになるので。
 その日はペースダウンしたのだが、ゆるりとことを行うのも悪くはない。その気になれば、さっとできるのだが、身体が面倒がる。気持ちは急ぐが身体がついてこない。
 それで久しぶりにのんびりと過ごしていたのだが、急用が入った。そんな日に限って面倒な用事が入るもの。
 依頼者は既に駅前の喫茶店で待っているらしい。それでは断りもできない。急ぎの用らしい。
 北村は出掛けることにした。駅前まで自転車で少しかかるが、無理なことではない。それほど体調が悪いわけではなく、少し重いだけ。だが、用事が入ったので、少し気合いが入り、身体も動き出した。
 ただ、自転車のペダルは重い。ずっと向かい風で坂道を登っているようなもの。力を入れると足が怠い。やはり身体が付いてきていない。
 依頼者を待たせるわけにはいかないが、急いでもそれなので、仕方がない。
 駅前は自転を止められないので、喫茶店の路肩というよりも溝に自転車を入れる。
 そしてドアを開けると、それらしい人がいる。
 北村が近付くと、相手は、おやっという目をする。違うようだ。
 依頼者は北村を知っているはず。顔ぐらいは。
 二三度何処かで合ったことのある相手。かなり前なので、北村は顔までは覚えていない。しかし依頼者は知っているはず。
 それらしい人は彼一人。あとは中年女性四人組がお茶と菓子を食べている。一人が喋っているだけで、残り三人は聞いているだけ。どういう集まりなのかは分からないが、結構静かだ。
 北村は早く来すぎたのではないかと思ったが、電話では喫茶店から携帯電話ではなく、家電話にかかってきている。着信履歴は帰らないと分からない。
 喫茶店まで来ているのなら、すれ違いになるはずはない。
 喫茶店を間違えたのかもしれない。駅前に二軒ある。しかし、この店が一番駅に近く、分かりやすいところにある。入るとすればここだろう。店名を聞かなかったのは不覚だが、頭も重いので、そこまで気が回らなかった。
 それに依頼仕事は面倒なので、断ってもいい。だから、合えなくてもいいと思ったのかもしれない。
 だが、もう一軒の店で、じっと待っている依頼人のことを考えると、やはり見に行くべきだろう。既にコーヒーを注文していたので、それを急いで飲み、さっと店を出た。
 もう一軒は駅裏にある。そちらには商店も少なく、寂れている。
 踏切を渡り、駅裏に出て、細い道をしばらく行く。駅前といいながらも、少し遠い。
 ここに喫茶店があることは知っていたし、何度か入ったこともあるが、踏切を渡らないと行けないので、滅多に来ない。
 しかし、その喫茶店、シャッターが閉まっている。定休日なのかもしれないが、それよりも依頼人はそこではなく、やはり先ほどの店から電話してきたことになる。
 北村は急いでさっきの喫茶店に戻る。自転車なので早いが、そんなときに限って踏切で待たされる。
 そして再び、溝の中に自転車を突っ込み、喫茶店のドアを開けた。
 開けた瞬間、さっと依頼者が立ち上がった。
 話を聞いてみると、喫茶店の前から電話したらしい。北村が来るまで時間があるので、古書店を見付けたので、それを見ていたとか。
 分かってしまえば何でもない話だが、身体が重いときに、ウロウロしたので、どっと疲れた。
 急ぎの依頼は、つまらないものだったが、北村は引き受けた。断る元気がなかったのだろう。
 
   了
  


2021年2月2日

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