小説 川崎サイト

 

坂場の紀次郎


「坂場の紀次郎をご存じですか」
「知りません」
「まあ、縁がない方がいいですがね」
「誰ですか」
「あなたが、いま必要としている人かもしれません」
「私は困っています」
「だから、ここに来られたのでしょ。お金は貸します。しかし返さなければいけない」
「分かっています」
「自力で、その坂道から脱するのがよろしいかと」
「先ほどの坂場紀次郎と関係がありますか」
「はい、下り坂の坂場先生とも呼ばれています。決して上り坂じゃなくね」
「はあ」
「坂場のベテランです。特に下り坂の」
「その人に合わせようとしているのですか」
「そうです。ここで下手にお金を借りても、何ともならないでしょ」
「すぐにいるのです。先のことより」
「それも含めて坂場さんに相談されればよろしいかと」
「怪しげな人じゃないのですか。裏の仕事を手伝えとか」
「彼は何もしません。助言するだけです」
「その坂場さんはお金持ちなのですか」
「いえ、食べるだけで一杯一杯の人です」
「じゃ、まだ坂道を下っている最中の人なのですね」
「そうです。彼の趣味です」
「私も坂道を転げ落ちているようなものですが、これを止める方法を坂場さんはご存じなのですね」
「あなたの事情までは分からないでしょ。だから解決方法なども知らないと思いますよ」
「御自身が下り坂のままで、何ともならないのに、どうして助言などできるのですか」
「助言か何かは分かりません。僕も聞いた話です。坂場の紀次郎さんという大変な人がいるとだけ」
「分かりました。しかし駄目なら、貸してください」
「貸しますが、それでは解決策にならない」
「はい」
 男は坂場紀次郎の住処へ行った。坂を登ったところにあるあばら屋。
 そこで小一時間ほど話をし、坂を下った。
 男は笑顔だった。
 
   了



  


2021年2月5日

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