小説 川崎サイト

 

独自の世界を持つ男


 疋田が会いたいというので、島村は渋々出向いた。昔からの友達だがそれほど親しくはしていない。だが、付き合いは長い。ただし一方的で、島村から会いたいと思うようなことは最近ない。最初の頃だけで、その後、もういいかとなった。
 何がいいのか。それはもう必要ではなくなったため。しかし友達は多い方がいいし、何かと役立つこともある。疋田の積極的な動きで、救われたこともある。
 しかし住んでいる世界が違う。番地が違うのではなく、周波数が違うのか、同じ世界の人間とは思えない。といって別世界ではなく、この現実世界と少しだけ違う程度。別に亜空間の住人でもないし、特殊な世界にいるわけでもない。
 島村が見ている風景と、疋田が見ている世界は違う。同じものを見ているので、ベースは同じはずだが、違った見方をする。現実に対する解釈が違うのだろう。その解釈の集まりが疋田の世界で、疋田はそこで暮らしている。その解釈は理解できないものではないが、かなり掘り下げたもの。そこまで見るか、そこまで考えるかと思えるほどだが、常識の範囲内で、そういう考えを持っている人も確かにいるので、特殊なものではない。
 だから疋田の一寸凝った世界観が島村には息苦しく感じられる。それは島村よりも遙かに進んでいるためでもある。
 さらに断定的なものの言い方をする。これは本当にそう思っているためだろう。「そうかもしれない」ではなく「そうだ」となる。これに対する揺らぎがないので、怖い。
 島村にとり、今は疋田は刺激物。毎日食べたくないが、たまにならいい。
 世界が違う。これだけは確かで、どうしても同調できない。
 当然疋田は出来る人なので、活発に色々なことに手を出している。だが、どれもこれも疋田らしい決め打ちでやるためか、全て同じように見える。つまり全てを疋田色に変えてしまうのだ。その色が世界。 同じ地上、同じ空気を吸っているのだが、ちと違う。
 会う場所は大きな都市の大きな駅。駅が何処にあるのか分からないほど、駅ビルそのものがショッピングモールのようになっている。本当にこの中に線路が通っているのかと思うほど。
 島村は久しぶりに大都会に出たためか、以前とは様変わりしている。それは分かっているのだが、慣れない。
 大きな駅なので、改札は何カ所もある。東口改札が約束の場所だが、二つある。一つは東という文字が入らないので、東口改札は一つ。間違うはずはない。もう一つあるが、地階だ。
 それでいくら待っても疋田は来ない。
 しばらくすると、電話がかかってきた。来ているという。君の姿がないと。
 場所を確認すると、東口改札。
 その東口改札の何処にいるかというので、改札口のドン前の柱だと島村は答えた。
 疋田は「僕もそこにいる」と返事。
 島村はふと振り返ると、柱の裏側に疋田がいた。
 電話で話さなくてもいい距離だった。
 
   了




  


2021年2月7日

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