小説 川崎サイト



隙間

川崎ゆきお



 春岡は油断して眠ってしまった。仮眠のつもりだった。三十分ぐらいの短い休憩程度でよかった。
 ところが本当に寝入ってしまった。玄関の鍵はかかっていない。何度も出入りするため、かけていなかったのだ。
 テレビはいつもの昼の番組をやっていた。その音でたまに目が覚めるが、完全に覚める前に落ちていった。浮上するより、下降のほうが楽で、気持ちがよかったのだ。
 窓も開いており、カーテンも閉じていない。眠るための準備は何もしていない。
 しかし眠りの快感が全身を浸し、その重みで浮上は困難だった。
 チャイムが鳴った。
 さすがに起きようとした。声も聞こえた。
「ごめんください」
 春岡は宗教の勧誘で回っているおばさんだと思った。それなら出る必要はない。本当に用事がある人なら、電話があるはずだ。いきなり訪問する人間の中に、大事な用件の人は一人もいない。
 近所の人なら、名前を呼ぶだろう。緊急の用事なら、もっとしつこく呼ぶだろう。
 そんなことを春岡は一瞬のうちに思い、再び沈没した。かなり強い眠りの渦に入り込んだ感じだ。チャイムのひと鳴りで完全に起きてしまい。再び寝入れないこともある。
 西日が射し込み、さすがに暑さで汗が滲んだ。体が危険な状態を察したのか、やっと目が覚めた。
 時計を見て、一夜分眠ったことを知る。
 春岡は汗で濡れた肌着を着替え、水道の水を飲んだ。
 一日の計画が狂ってしまった。予定の起床時間ではない。夕方に起きてしまうと夜中中起きていないといけない。
 春岡はトイレへ行く時、玄関を見た。数センチ開いていた。
 家の中に人の気配はない。泥棒が入った形跡もない。あのチャイムを鳴らした人が開けかけたのだろう。そしてきっちり閉めていなかったのだ。
 チャイムを鳴らすだけではなく、玄関を開けようとした行為に腹が立った。開けてどうするつもりだったのだ。室内まで入り込む根性は空き巣でない限りないだろう。
 しかし、訪問者はただの見知らぬ人間だ。何を考えているのかは分からない。
 玄関を開けて声を出したのだろうか。そのほうが声が通りやすい。
 それなら隙間を作らず、きっちり閉めて欲しかった。
 春岡は一つの油断が、隙間を作り、厄介事の侵入になる可能性を思い出した。
 その日は何事もなかっただけ幸いだ。
 
   了
 
 
 



          2007年9月7日
 

 

 

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