小説 川崎サイト

 

ぶらりと出掛ける


 芳田は天気が良いので、ぶらりと出掛けることにした。日曜で休みだし、丁度いい。これが雨とか曇っていたりすると、その気にならない。陽気に誘われたのだ。
 冬の寒さが薄れ、逆に暖かすぎるほど。ポカポカ陽気を通り越している。まさか夏日になるわけではない。桜はまだ咲いていない。
 ぶらりと出掛ける。しかし、目的地がそれなりにないと、家を出てからどちらへ向かえばいいのかが分からない。決めていないため。
 しかし、駅へ向かう道に芳田は乗る。とりあえず拡がりのある方角へ。
 反対側は徐々に辺鄙になる。歩いてならそちらへ向かってもいいのだが、見るべきものがない。ただの住宅地。少し趣のある風景があるのは、その先だが、歩くとなるとそれなりの距離がある。その間、新興住宅地の中をずっと歩くことになる。そんなものが見たいわけではない。そんなものを見ている時間の方が長くなるだろう。
 駅に出ればワープできる。いきなり良いところへ行ける。駅までの道はそれほど遠くはないし、毎朝通い慣れた通勤路。辺鄙な方角は西。駅のある方角は東。そして北はどうだ。南はどうだ。
 北は工場やグランドがあり、結構殺風景。南側も住宅地ばかりで、その先は川に突き当たる。だから伸びがない。まだ西の方が山へと続いているので、まし。東にある駅から、その山の裏側まで回り込める。一気にワープだ。
 山の裏側はニュータウンになっているが、まだまだ長閑。昔からあるような村が点在している。そして寺社も多い。
 ぶらりと何処かへ出掛ける。目的は、それで決まった。西側にある山を越えること。そのため、東側にある駅まで向かわないといけない。逆方向に歩いているようなものだ。
 山の向こう側へ行くだけが目的。着けば、そのあたりをぶらっとすればいい。これで決まり。
 通い慣れた駅までの道を芳田は歩いている。これだけでも十分、ぶらっと感はある。絶対にやらなければいけない行為ではなく、気が変われば戻れるし、別に駅に行かなくてもいい。しかし、駅に出ないと山の裏側へは行けないので、行方の定まらない歩き方ではない。ぶらっと外に出たわりには、目的地までのレールからはみ出すわけにはいかない。
 だから、芳田は今、決してぶらついているわけではない。
 しかし、思ったより暖かいのか、汗ばんできた。この時期にしては異常だ。
 駅が見えてきたが、ここまでは目を瞑っていても行ける道。
 そして駅に入る。いつもとは逆方向の下り電車のホームに立つ。ここに立つことはほとんどない。降りるために毎夕そのホームに立っているが、実際には歩いている。もう降りたのだから、そこに留まる必要はない。
 しかし、その日は電車待ち。いつも乗っている向こう側のホームが見える。朝の風景とは全く違う。
 日曜なので、本数が少ないのか、電車はなかなか来ない。
 それで立っていても何なので、ベンチに座る。ここで座るのは初めてかもしれない。もうそれだけでも、新鮮だ。
 やがて電車が来て、芳田は連れて行かれた。
 
   了
 

 



2021年2月17日

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