小説 川崎サイト

 

踏み込む


「昨日は忙しかったのですが、今日はゆっくりできます」
「急いで帰られたので、何か無礼でもあったのかと思い、心配していました」
「そんな気遣いは一切無用ですよ」
「昨日は何かあったのですか」
「珍しく人が来るので、その時間にいないといけないので」
「で、会われましたか」
「はい、間に合いました」
 それ以上は踏み込んで聞けないようだ。
「物を受け取るだけですので、僅かな時間ですよ。用事と言うほどでもないし、別に話し合うわけでもなし」
 何が来たのだろう。しかし、踏み込んでは聞けない。
「無事、受け取りましたので、問題はありません」
「大事なことですね」
「いえいえ、大したことではありません」
 気になるが、それ以上は聞けない。
「今日はゆっくりできますので、いつものように、よろしくお願いします」
「はい、分かりました。私こそよろしく」
「ところであなた、お仕事の方は大丈夫ですか。こんなところで油を売っても」
「油屋なので」
「そうだったのですか」
「冗談です」
「そうでしょうねえ」
「私は隠居なので、遊んでいてもいいのです」
「まだお若いのに」
「仕事がいやでしてねえ。それだけです」
「ああ、なるほど。私はまだまだ仕事をしないと食べていけません」
 何の仕事をしている人なのかと、聞きたかったが、踏み込めない。
「風が吹けば桶屋が儲かるような仕事です。だから風任せ、運任せ」
「なるほど」
 まさか、桶屋ではあるまい。油屋と桶屋が会っているのなら、それなりの図になるが。
「それで、今日は何の解釈でした」
「義経千本桜です」
「それは苦労苦労」
 九郎判官義経なので、それに引っかけたのだろう。落語にある。
「吉野の桜、一度見たいものです」
「私は醍醐の花見がしたい」
「太閤さんですな」
「そうそう。我が世の春」
「難波の春ですな」
「難波のことも夢のまた夢とも言ってます」
「辞世でしたか」
「大阪のこと、ただのことじゃない。もの凄いことなのに、さりげなく、難波のことととして片付けた」
「そちらの話に行きますか」
「ああ、義経千本桜でしたなあ。じゃ、続きをやりましょう」
「はい、よろしくお願いします」
 
   了

 
 


2021年2月25日

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