有馬の隠居談
立派な武士が供を連れ、馬でやってくる。彦作は用件を知っている。こんな片田舎に来るには目的がある。そしてそれは決まっている。
彦作は一足先に有馬の隠居に伝えようと思った。駄賃をくれるためだ。
村道ではなく、畦道や山裾の間道を通り、有馬の隠居に知らせに走った。
隠居は、そうかと言っただけ。
彦作が縁先でじっとしている。
有馬の隠居は銭を与えた。
しばらくして、立派な武士が馬から下り、庭先から入ってきた。武家屋敷と言うほどではないが、表の門は閉じたまま。
「お力を借りたくて参りました」
よくあることで、始終だ。
有馬の隠居も慣れたもので、適当に聞いている。
隠居とはいえ、力がある。腕力ではなく、影響力が強い。
「何とかしておく」
最後まで聞かないで、引き受けた。大体分かっているためだ。
立派な武士は菓子箱を置いて帰った。
しかし、効かない。そういう金子では効かないのではなく、有馬の隠居には最初からそんな力はないのだ。
それからしばらくして、別の武士がやってきた。彦作は野良に出ていたので、すぐにそれと分かり、有馬の隠居に知らせに走った。
しかし、知らせるほどのことはない。ただ、客がもうすぐ来ることが分かるので、有馬の隠居にとっては無駄ではない。それでまた銭を渡した。
用件の内容は違うものの、同じような話し合いになり、その武士は正方形の木箱を出した。茶碗でも入っているのだろう。有馬の隠居にとっては価値のない品。茶の心得はないし、茶道具を見ても値打ちなど分からない。
そういうものが、納戸に積まれている。増えると倉に移すようだ。
しかし、貴重品や金子が果たして効果があるのかどうかは分からない。頼まれたことをやらないためだ。やっても、それだけの力がないので、無駄だし。
だが、世間はそう思っていない。
それからまた人が来た。今度は数人で、顔付きが物騒で、服装も物騒なのが数人。これは大変だと彦作は飛ぶように走り、隠居に知らせた。
これもたまにあることで、隠居は与助に多い目に銭を渡した。
刺客が屋敷に来る頃、既に与作達というより、村の若い衆が来ていた。
刺客達は入れない。
それで、諦めて、帰った。
有馬の隠居には何の力もないのだが、隠居が裏で手を回していると思われ、命を狙われることもあるらしい。
了
2021年2月26日