小説 川崎サイト

 

ギリギリの人


 ギリギリと余裕。同じことをする場合でもギリギリ何とかこなすとか、余裕たっぷりで暇なほどとか。これは同じ人でもそうなることがあるし、当然人によっても差が出る。
 箕田は世間一般のことに関してはギリギリで、それで目一杯なタイプ。少し余裕があるときもあるが、それは滅多にない。余程調子の良いときだろう。これも滅多にない。
 精一杯やってもギリギリ。しかしギリギリだが世間を渡ることは出来る。
 そういう出来の悪い箕田だが、それは世間一般のことに関して。だから世間から外れたことに関しては凄い面もある。特出している。だが、世間から外れているので、そんなものは評価されない。
 箕田の能力は一般的なことではなく、一般外のところで使われているのだろう。もし能力に分量があるとすれば、分配を間違ったようだ。
 一般外の能力、それは一般的な世間では役立たない。しかし、世間には一般的なもの以外のものを必要としていることもある。
「箕田先生のお宅ですか」
 お宅というような場所ではない。アパートの一室。しかもいつ取り壊されてもおかしくないほど古い。
 ドアを開け、箕田は顔を出す。
「そうです」
「いきなりで、申し訳ありません」
 セールスもこんなところには来ないだろう。商品を売るにしても、買えないだろう。泥棒も入らない。金目のものがないと判断して。
「お願いしたいことがありまして」
「これから仕事なので、また次にしてください」
 既に昼は過ぎている。
 箕田は体よく断ったわけではない。本当のことなので。遅刻が多いので、気をつけないといけない。それにいつもギリギリだし。
「中に入ってもよろしいですか。ここでは何なので」
 中に入っても声は丸聞こえだ。廊下からも、また両隣からも。
「じゃ、外で」
「どこかいい場所がありますか。内密の話なので」
「仕事先に行く道筋で」
 座り話ではなく、立ち話でもなく、歩き話。別に箕田がそれを狙ったわけではなく、仕事に行かないと、今度こそ首になる。ギリギリなのだ。
「箕田先生にお願いがあるのです」
「はい」
 アパートを出て一つ目の電柱を越えたとき、本題に入った。
 箕田はその話を聞き、ふむふむと頷いた。顔に余裕がある。
「出来ますでしょうか」
「簡単ですよ」
「非常に難しい用件なのですが、大丈夫でしょうか。いえ、疑うわけではありませんが、そんな簡単なことではないと思います」
「簡単簡単」
「ではよろしくお願いします」
「それよりも、少し走ります。間に合わない」
「あ、はい」
 
   了

 
 


2021年3月3日

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