小説 川崎サイト

 

蕾の豪右衛門


「雨が降っておりますが、大丈夫ですか」
「春の雨、暖かい。大事ない」
「しかし、雨の日にわざわざ出掛けられなくても」
「桜の蕾が気になるのでな。今日あたり、咲いておるやもしれん。昨夜からの雨で」
「まだ早うございます」
「分かっておる。途中が見たいのじゃ。咲く手前の頃が」
「今年に入って、毎日ですよ。見に行かれるのは」
「変化はないのだが、最近は蕾も大きくなり、色も付きだした。これは近い」
「ではお気を付けて」
「もし戻れぬときは、以前話した通りにな」
「縁起でもない」
 村田豪右衛門はその日も桜の蕾を見に行った。雨でも行く。風の強い日でも。雪の日でも。
 新羅峡に一本の桜の木がある。山桜。横の繁みに小屋がある。山仕事のための小屋だろう。
 その日も同志が集まっていた。
「村田様がお見えになりました」
「そうか、お通ししろ」
「はっ」
 村田豪右衛門は上座に座った。
「機は熟しました」
「まだ早かろう」と村田豪右衛門。
「時機を逸しては」
「まだ寒い」
「もう暖かいです」
 一同、揃って決行を村田豪右衛門に促す。
「桜が咲く頃まで待て」
「しかし、もう限界です」
「準備を怠るな。まだまだやるべきことが残っておろう」
「鉄砲が足りません」
「そうだろ」
「火薬も」
「弾があるだけでが駄目だ。準備をしっかりとな」
「鉄砲がなくても決行できます」
「そう焦るでない」
「では桜が咲けば決行ですね」
「うむ、その頃が丁度いい」
「最後の花見になるやもしれませんね」
「そうだな」
「では、また明日」
「うむ」
 豪右衛門は無事に戻ることが出来た。
 そして、桜が咲いた。
 豪右衛門はその横の小屋へ顔を出したが、誰もまだ来ていない。それどころか小屋が荒れている。争った跡が見える。
 そこに政敵の家老が現れた。
「よく分かったね」
「毎日、ここで集まっているんだ。丸見えだ」
「そうだったか」
「ここにいてはまずいでしょ。お引き取りを」
「そうだな」
「同志を集め、何をやろうとしているのかは、もう分かっておる」
「丸見えですかな」
「そうだな。だから、今後、配慮しよう」
「そうして頂くと有り難い」
「だから、無理をなさるでない」
「分かりました」
 
   了


 


2021年3月15日

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