小説 川崎サイト

 

奇妙な民宿


 民宿のようだが、はっきりとした看板はない。見た感じ民宿のように見える。そのあたり、民宿が多い。駅前で老婆から誘われ、それに従った。既に夕方、何処で泊まっても同じ。寝るところさえあればいい。
 駅前からかなり離れているが、商店街はかなり長く、一度途切れて田んぼの中の道になるのだが、また復活したように商店が並んでいる。しかし更地が多い。
 駅からは送迎バスでもなければ、遠すぎるだろう。しかし、バスではないが、普通の車に便乗できた。宿の車だろうが農家でよくあるような軽ワゴン。乗っているのは吉田だけ。運転は老婆の息子だろうか。
 駅前にはビジネスホテルや旅館。それに民宿もある。そちらでもよかったと、吉田はそこを通過するとき、思ったのだが、どうせ寝るだけなので、問題はなかった。
 その民宿は思った通り、農家が集まっているところにあったが、塀とか、小屋とか、倉とかの密度が濃く、路地が迷路のように走っていた。車はその迷路の入口付近で止まった。宿屋のドン前まで乗り付けることも出来るようだが、対向車が来ると厄介らしく、手前で下ろされた。
 息子も一緒に降り、宿まで案内されたが、結構近い。だが右へ回り左へ曲がりと、覚えにくい場所にある。
 民宿に着いたとき、雨が降り出した。寝るだけなので、問題はない。
 狭い通りに観光旅館が一軒と、料理屋もある。民宿の看板もいくつか確認できた。奥まっているので老婆が客引きしていたのだろう。
 民宿か何かよく分からない。ただの二階屋の家にしか見えない。ただ、農家らしさはない。囲炉裏端とかを期待していたのだが、そういうものはない。
 だが、結構広く、大家族が住めそうな間取り。二階が客間のようで、小部屋が廊下を挟んで並んでいた。そこは宿屋らしい。しかし、この二階、増築したような形跡がある。平屋だったのを。
 さらに三階もあるようだ。
 お隣の家々で三方を囲まれているためか、中に埋まり込んだような家。三階は作ったのは、見晴らしを得たかったためだろうか。
 夕食は出るらしい。ただし下に降りて食べる。一人でもいい。時間は適当らしい。
 どう見ても普通の家に客として泊まりに来たような感じ。そういう民宿も当然あるだろう。周囲にも似たようなのがあったので、ここだけではい。
 そこまで観察しなくても、吉田は寝るだけでいい。
 押し入れはなく、畳まれた蒲団が積んであった。三組ある。部屋の広さから考えるとそんなものだろう。
 吉田は風呂に入らず、そのまま寝てしまった。
 それが二日続き、三日続き。やがて一週間になった。宿代は安い、朝夕二食付き。
 これは逗留にはもってこいだと思い、さらに泊まり続けた。
 それで分かったことだが、他の客も長逗留が多いようだ。中には半年ほど泊まっている人もいた。
 吉田に必要なのは寝床。別に病気ではない。
 その間、雨が降り続いている。まだ梅雨ではないので、春の長雨だろう。
 たまに傘を差し、そのへんを散歩する程度。老婆が釣り道具を貸してくれたので、最近は雨の中、釣りばかりしている。川ではなく、池。もう使われていない溜池だろうか。
 ヘビが出たので、驚いた程度で、寝ては食べ、食べては寝て、間に散歩や釣り、そして料理屋があるので、そこで刺身とかを食べ、また駅前までは遠いが、その間、商店街があるので、店屋を覗いたりして暇を潰した。
 そして安いとはいえ、懐が寂しくなった頃、そこを出た。
 駅までは送って貰えた。
 吉田は行方不明となったことになるが、その中味は、以上の通り。
 
   了
 

 


2021年3月16日

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