小説 川崎サイト

 

覚醒


「昨夜は春の嵐でしたなあ」
「雷が落ちたでしょ」
「あれは近い、閃光も強烈。電気を消してましたが蛍光灯いらず。それよりも明るい。ストロボだ」
「ああ、フラッシュ」
「音も凄かったですよ。響きました」
「私は地震かと思って起こされましたよ」
「何処に落ちたのでしょうねえ」
「さあ、そこまでは分かりませんが、近いです。このあたりです」
「まあ、嵐も去り、晴れてきました」
「雨も凄かったですねえ。しかし雨量は少ないでしょ。降り続いていませんからね。しかし風が強いので、音が派手」
「まさに春の嵐でした」
「夏の嵐もあるのでしょうかねえ」
「さあ、あまり聞きませんが、あるんでしょうねえ」
「秋の嵐も」
「それは台風でしょ」
「木枯らしも吹きますし、台風じゃなくても」
「もう冬に近い秋ですなあ」
「それで私、シャキッとしたのです」
「え、どの嵐で」
「昨夜の嵐で」
「ほう」
「春先、ぼんやりとしておりましてねえ。そこであの雷でしょ。まさに雷に打たれて正気に戻ったわけじゃありませんが」
「近くに落ちただけでしょ」
「いや、頭にガツンときたので、それで目が覚めました。寝ていて目が覚めたんじゃなく、私自身に」
「何ですか、それは。じゃ、今までは」
「自分が誰だか分からないほど、ぼんやり過ごしていました」
「それはいいことなんですかねえ」
「そこなんです。下手に覚醒すると、ろくなことはない」
「そうでしょ」
「それで、覚醒したままですか」
「いえ、嵐が去った朝、戻ってました。いつものぼんやりとした自分に」
「それはよかった。覚醒なんかすると、私なんかと、こんな無駄話などされなくなるでしょ」
「そうですか」
「そうですよ」
「あなたは雷のショックはありませんでしたか」
「電気ショックのようなものですな」
「そうです」
「ありません」
「ほほう」
「私は既に覚醒していますから」
「そういうふうには見えませんが、私よりもおっとりしておられる」
「ああ、これで一杯一杯なのです」
「ああ、なるほど」
 
   了

 

 


2021年3月17日

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