小説 川崎サイト

 

春が来ない人


 春が順調に進んでいる頃、柴田は相変わらずの暮らしぶりを続けている。徐々に暖かくなっていくので、順調だろう。しかし、柴田は不順。これは体調もそうだし、気持ちもそう。
 しかし万年床のようにその状態に慣れると、それで普通。特に気にすることもなく、季節の移り変わりを見ている。
 それが精神作用に大きく関わることはない。気候の良さが気持ちの良さに影響はするが、ただの皮膚だけの反応だったりする。
 その日も柴田は何することなく、ぶらっと外に出ていた。気分が塞いでいるので部屋に籠もりがちになるわけではない。出ても出なくても似たようなもので、皮膚感覚だけで出ている。室内よりも風があり、これが暖かい。風に少し吹かれる程度だが、これが気持ちいい。皮膚が。
 その道の後ろから、さっと追い抜いていった人がいる。柴田が遅いのだ。
 その後ろ姿に見覚えがある。相手も気付いたのか、振り返る。互いに顔を見て、ああ、という感じになる。
 柴田が出合ったのは竹田という同級生。中学時代はいつも連れ立っていたが、卒業してからはその関係は消えた。竹田はいい高校に行ったため。そこでの学友との付き合いで、忙しいのだろう。
 また、竹田は一寸した有名人。これは仲間内だけで有名な人ではなく、世間からも認められている。ただ、世間も広い。だから知る人ぞ知る有名人。
 柴田も竹田の活躍は聞いている。又聞きだが。
 もうかなり離れたところにいる人になっている。しかし、まだこの近所に住んでおり、たまにすれ違うこともあるが、軽く会釈する程度。もうそれ以上の関係はない。
「忙しそうだね」
「ああ、何とかね」
 しかし、振り返って柴田に声をかけるのだから、それほど忙しくはないのだろう。
「一度聞きたいと思ってたんだ」話題は竹田から切り出した。
「何かな」
「最近どうしてる」
「ぶらっと」
「働いてないの」
「今は休み」
「あ、それだけでいいよ。じゃ、失礼」
 竹田はそれだけ聞くと去って行った。本当に失礼だ。
 活躍している人と、していない人。その構図を柴田は真っ先に考えた。
 当然柴田は活躍していない人。部屋を綺麗に掃除するという程度では大活躍とはいえない。もっと世間に対しての事柄でないと駄目。
 竹田にはそれがあるが、柴田にはない。
「うーん」とため息をつき、柴田は散歩を続けた。これも何の目的もない。
 一本道、真っ直ぐな道。竹田の後ろ姿が見える。あっという間にそこまで行ったのだろう。やはり急いでいるようだが、竹田はいつも早歩きをしていた印象があるので、そんなものかもしれない。
 そして駅に向かうのだろう。すっと左側へと消えた。
 柴田もそこまで来たのだが、そのときはもう竹田のことなど頭になかった。左へ行けば駅に出る。柴田は直進した。その先は寂しい場所になる。
 柴田にとり、そちらへ行く方が居心地がいいのだろう。
 
   了
 
 

 


2021年3月18日

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