小説 川崎サイト

 

この世の花


「桜が咲いています」
「あ、そう」
「ソメイヨシノです」
「あなたが見た桜だけでしょ」
「そうですが、別の場所でも見ました」
「じゃ、二箇所」
「いえ、三箇所か四箇所」
「どの程度咲いた」
「どの木も、一輪ぐらいで」
「一輪」
「はい、一つだけ、ぽつりと、そのあとは、それに続くでしょう。だから今朝は咲き始めです。昨日までは咲いていませんでしたから」
「あ、そう」
「どうですか、花見と洒落ませんか、あ、まだ早いですね。もっと咲かないと」
「そうだね」
「その頃、行きましょう」
「色々と用事があってねえ。それに体調も悪いので、今年は大人しくしているよ」
「花見どころではないと」
「まあ、そうだ」
「私など、暇なので、そんなことばかり考えています」
「結構な身分だ」
「いえいえ」
「でも酒宴を張りたいと思いますので、そのときは一応お誘いします」
「ああ、分かった。用件はそれだけか」
「お忙しいところ、お邪魔しました。控えの間にかなり人がいます。大丈夫ですか」
「ああ、何とかな」
 次に入って来た客は、先客と同じようなことを話した。つまり、桜が咲き始めたと」
 その次の客もそうだ。
 ここに来ている客は全員暇なのかもしれない。その相手をする主人は、それで忙しい。そのため、体調を崩すほど。
「皆様帰られました。もう誰も控えの間にはおられません」
「そうか」
「はい」
「疲れただろ、休みなさい」
「いえいえ、それよりもどうして暇な人ばかり訪れるのでしょうねえ」
「暇だからじゃ」
「ああ、なるほど」
「しかし、限りがある」
 主は控えの間を覗いてみた。
「あの人達は、ここで湧くのか」
「そのようです」
「困ったものだ」
「今日はもう湧きませんが、明日になると、また湧き出すものと思われます」
「ああ、わしも暇なので、相手になろう」
「でもご無理なさらないように。この世の者どもではありませんから」
「そうじゃな」
 
   了


 


2021年3月20日

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