企画書
木下が出した企画書を見て部長が興味を懐いたようだ。それで、部長室から呼び出しを受けた。
課長がそれを聞いただけで、別に話を聞こうというわけではない。
課長は係長にそのことを話した。係長は木下に、部長が呼んでいるという話になってしまう。それでいつ行けばいいのかと考えたが、すぐにだろう。
それですぐに部長室のドアを叩いた。そこには部長しかいない。
見晴らしのいい窓を背にした椅子で、部長は何やら読んでいた。書類ではなく、書籍のようで、よく見ると古い文庫本。カバーはない。葡萄のマークが見えるので、新潮文庫だろう。
「お呼びですか」
「誰だった」
「木下です」
「あ、そう。何か用かな」
「呼ばれましたので」
「そうだったか。ああ、思い出した。企画書を出した木下君だね。一度会って話を聞きたいと思っていたんだ。丁度いい。座りなさい」
中程にテーブルとソファーがある。
部長は電話を入れ、お茶と一言伝えた。
すぐに給仕がやってきた。青年で、詰め入りを着ている。学生のように見えるが、そうではなく、社員のようだ。木下よりも遙かに若い。
給仕君が出ていくと、部長が目と顎で木下を促した。話せとばかりに。
「色目を変えてみるのがいいかと思いまして。これまでは地味です。それを一つでもいいので、明るい色を加えるとことで」
「おかずが多い」
「多くはありません。一つだけでもいいかと思いまして」
「そうなんだ。メインは一つでいいんだ。ところが二つも三つもメインを買いすぎた。どれも美味しいんだがね。しかし多い。こういうのは一つでいい。また、なかってもいいんだ。佃煮の残りがあるしね。あれは長持ちするといっても固くなってくる。買ったときの軟らかさがない。しかし、メインは欲しい」
「メインの色とは」
「色じゃなく、牡蠣フライだ。これがメイン。それで十分じゃないか、そこに海老フライを付ける必要はない。しかし安かったんだ。半額だ。ふと横を見るとカレイの唐揚げ。これはそれほど高くはないが、食べやすい。これでメインが三つ。これは多いよ君、どう思う」
「多いです。ご飯も食べられるのでしょ」
「ああ、酒の肴じゃないからね。しっかりとご飯も食べる。だから、食べきれない。買いすぎたよ君」
「あ、はい」
「じゃ、話はこれまで、いい企画書だったよ」
「あ、はい」
木下は部長室をあとにした。
エレベーターに乗っているとき、部長の謎かけについて考えた。どういう意味が含まれているのかと。
牡蠣フライ、海老フライ、カレイの唐揚げ。違うのはカレイの唐揚げだろう。フライと唐揚げの違いがある。そして佃煮。これは何を意味しているのか。そしてメインは一つでいいっと言っていた。
部屋に戻ると、部長がすぐに呼びつけた。
「どうだった」
「あ、はい」
答えられない。どういう話だったのか、まだ理解出来ないためだ。
次は係長が話しかけてきた。
「どうだった」
「いえ」
「あ、そう。言えないと」
「そういう意味じゃ」
「内密なんだね。特命なんだね」
「いえいえ」
部長は木下の企画書を褒めただけで、そのあとのおかずの話は、そのまんまの余談だったようだ。
了
2021年3月25日