小説 川崎サイト

 

妖怪門


 妖怪博士は依頼を受け、久しぶりに出掛けた。桜が咲く季節。季候がよくなるまで待っていたのだろうか。
 駅までの道で花見を済ませた。歩道とか、駅前の公園で咲いているため、遠くまで行く必要はない。ついでに出来るのだから。
 しかし、歩きながら見ているか、立ち止まって見ているだけでは花見らしくない。ここは弁当を食べたいところ。しっかりと座って。
 また、妖怪博士は花見など似合わないので、実行するにしても一人でこっそり座っている程度だろう。
 そんなことを思いながら、依頼について考えてみた。依頼は二の次で、桜ばかり見ていたのは、大した依頼ではなかったためだろう。
 しかし、そういう簡単な依頼ほど、奥に凄いものが隠されているのかもしれない。それは期待であって、実際にはそんなことは起こらないが。
 依頼とは妖怪を見たという単純なもの。妖怪博士は妖怪ハンターではない。お門違い、筋違いだが、要するにそう言う話ではなく、相談したいのだろう。大袈裟にならないように。
 妖怪博士なら、妖怪が出たと言っても普通の話として聞き流してくれる、と依頼者は考えたのかどうかは分からない。人は何を考え、何を根拠として動いているのか、分からないもの。
「妖怪がウジャウジャ沸くくのです」
 部屋に通された瞬間、もう用件に入っている。前置きなしに喋れる相手のためだろう。だが、妖怪博士も月参りの坊さんのようにいきなりお経をあげる前に、枕をやりたい。一寸した世間話を。
 だが依頼者はそれをさせないで、いきなり本題。
 妖怪ウジャウジャ沸き話。そのウジャウジャさがお経のように聞こえる。
 要するに聞き流しているのだ。意味など考えないで、音だけを聞いているようなもの。
 ひとしきり語り終えたのか、依頼者は、疲れたようで、息を弾ませている。
「どうでしょう」
「沢山沸くきましたなあ」
「はい、仰山出ました」
「座布団ほどの大きさの顔で、桃に似た妖怪なんですが、思い当たるところはありませんか」
「あるとすれば、桃です」
「そのままですなあ」
「はい」
「足が何本も出ている赤毛の市松人形ですが、それらの足が縺れてこけるのでしたか」
「そうです。わしの顔を見て、驚いて逃げ出したのですが、足が多すぎます」
「まあ、ムカデも足が多いので、靴代が大変でしょうなあ」
「ああ、そうですねえ」
「その足が沢山出ている人形に思い当たるもの、ありますかな」
「押し入れから出てきました。母か祖母のものだと思いますが、黒髪で、赤髪ではありませんが」
「じゃ、思い当たるところがあるのですね」
「そうです」
「その他、色々と出てきますが、全て思い当たるところがあるものですかな」
「そういわれれば、そうです」
「じゃ、頭から沸いて出るのでしょ」
「はい、何とかなりませんか」
「その前に」
「はい」
「思い当たらないような妖怪、その中にいましたかな」
「いたかもしれませんが、思い出せないだけかと」
 要するに全部が全部頭の中が発生源。この依頼者にしか見えない妖怪。それは妖怪博士も想像していたこと。しかし、もしや、というのがある。
「何とかなりませんか」
「被害はありますか」
「ありませんが、気味が悪い」
「辛抱すれば何とかなるでしょ」
「でも、妖怪が沸く頭を何とかしてもらいたいのです」
 妖怪博士は妖怪を退治出来ない。しかも発生源は依頼者だ。依頼者に負担を掛けることになる。だが、それ以前にそんな技術は妖怪博士にはない。
 だから、いつもの常套手段で、御札を出すしかないのだが、これはやりたくない。効くかどうかは依頼人次第なので。
「是非妖怪博士の御札を頂きたいのです」
 先回りされた。まさか護符コレクターではあるまいが。
 妖怪博士は、ポケットから小さな紙と筆ペンを取り出し「門」と書いた。
「門ですかな」
「これを門に張りなさい」
「門に門ですか。しかし門はありませんが」
「じゃ、自分の寝床の入口に貼りなさい」
 頭の中で沸く妖怪は、それしかない。上手くいけば、頭の中から出てきた妖怪が、その門にはまるのだ。そこに門があると思い、何だろうと入り込む。そして戻って来られない。妖怪は退治出来ない。だから妖怪流しを使うしかない。流すための妖怪門。
 と、妖怪博士はさも昔からの秘伝のように依頼者に語り、門と書かれた紙を渡した。
 妖怪博士は、それなりの礼金を貰ったので、戻るとき花見弁当を百貨店で買い、帰り道にある公園のベンチでそれを広げ、一人で花見と洒落た。
 その後、「妖怪門」が効いたのかどうかは分からないが、その依頼者からの連絡はなかった。
 花見弁当のご飯の上に焼き鯛の切り身が乗っていた。ご飯から沸くいたわけではない。
 
   了


 


2021年3月28日

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