小説 川崎サイト

 

桜山の神


 奥山の桜の花見は一人で行ってはいけないとされている。それ以前に、そんな奥の方の山に桜が咲いていることを知っている人は希。
 その名も桜山。地図では別の名になっているが手付かずの原生林。ただ、ポツンと山があるわけではなく、山間のゴツゴツしたところにある一帯で、斜面と斜面の襞が重なりあい、その狭い中でも複雑な地形をなしている。そこを桜山と呼んでいる。桜渓谷でもいいのだが、里から見れば、このあたり全部がお山。しかも奥山。
 原生林だが、桜は植えられたものらしい。姥桜そのものだが、老いすぎて枯れているのもある。それを埋めるかのように苗木が植えられている。里の人だろう。
 一人では入ってはいけないとされているが、二人ならいい。そして桜が咲いている期間だけ。
 ネット時代、誰かが桜山の写真を写し、それを上げたためか、見に来る人が増えた。里の人でも滅多にここまで花見には来ない。里の中でも花見ができるほど、いい場所があるためだ。それに奥山の桜山は遠い。
 桜山で山の神、山の精と交流する伝説が里に残っている。よくある話。ただ、山の神というだけで、どんな神なのかは分からない。見えないため。
 だから奥山の桜は供花のようなもの。当然山の神に対する。
 遠いので、桜の木を植えたらしい。交換の必要はないが、枯れることもあるし、また寿命もある。
 だから桜の霊とか、桜に纏わる何かではなく、桜山と言われている一帯に何かがいるのだ。実際には何かではなく、神と呼ばれているもので、漠然とはしているが山の神。他に言いようがない。具体的な何かがないので、特徴がないためだろう。
 それが忘れられたわけではないが、供花である桜を恐れられるようになった。そのため、一人で行ってはいけないとなる。
 人数ではなく、神がおわす場所なので、静かな方がいい。人は来ない方がいいためだろうか。
 この山の神は、里の村の神社に降りてくることもあるらしい。
 だから、山の神と接したいのなら、神社へ行けばいいことになる。ただ、それは出張所のようなもの。
 山の神は何処にいるかが分かっているので、かなり具体性がある。先ほどの桜山一帯。広くはない。
 供花代わりの桜だけではなく、その根元に祭壇のような岩がある。人の手が加わっており、台のように平たく削られている。
 しかし、それも苔むし、ツル科の植物が飲み込んでいる。使われていないのだ。
 ここが山の神と直接コンタクトする場所なのだが、本当にここなのかどうかは分からない。ただ、この桜山一帯の渓谷は、いかにもそれらしい雰囲気がある。
 それだけのことかもしれない。
 
   了


 


2021年3月29日

小説 川崎サイト