小説 川崎サイト

 

抜く


 懸命に、丁寧にやったものよりも、適当に、いい加減にしたものの方がよかったりする。手を抜くというよりも、その手前で既にやり終えていたような。だから抜くもなにもなく、すっとそのままやってしまえたようなこと。
 当然、あとで考えると、簡単にやり過ぎたため、自信はない。そんな簡単なことでいいのだろうかと考える。それでは懸命にやったことにならないし、真面目に真摯に取り組んだわけではないので、少し罪悪感がある。
 上原はそういう感じで仕事を終えた。しばらくして、結果が出た。いい感じだと。
 それで上原はほっとした。だが、それは偶然だろう。いつもいつも簡単な方法で、さっとやれるわけがない。それに自信もない。
 次の仕事は反省し、真面目に丁寧に真摯に取り組んだ。時間も手間暇も掛けた。これだけやればいいものができるはず。そして結果はよかった。充実感に満たされた。やりがいを感じた。
 しかし、それは上原の評価であり、判断にすぎない。
 しばらくして結果が出た。あまり芳しくないらしい。
 上原は愕然とした。努力した結果がそれなのか。それに自信があった。これだけ懸命にやったのだから手抜きどころか手の入れすぎだ。最終結果は当然良いはずなのに、芳しくないとはどういうことだろう。
 次は、そのことがあったので、半ば投げやりで、いやいやながらやった。全て適当。深く考えないで、さっさとやった。それなりに気持ちがよかったのは、早くできたためだろう。それだけだ。
 そして結果が出た。
 かなりいいということだ。
 上原は何故そうなるのか不思議に思った。苦しいが楽を得るか、楽だが苦を得てしまうという図式が当てはまらない。何事もベストを尽くせば何とかなると思っていた。しかし、結果は逆。
 上原はそのことに関して、これはどういうことかと、尊敬する大先輩に聞きにいった。恩師でもある。
「そうねえ、上原君は頑張りすぎなんだ。だから臭いんだ」
「風呂に入っています」
「一寸気を抜いた方がいいんだ。手もね」
「はあ」
「抜く方が実は難しい。そして、少し薄い目の方が口当たりがいい」
「アメリカンですね」
「それは知らないが、君は濃いんだ」
「濃くて臭いのですか」
「そうだ、抜きなさい、その濃いのを。それで丁度なんだ」
「そういうことだったのですか」
「おそらくね」
 
   了
 
 


2021年3月30日

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