小説 川崎サイト

 

うろつき隠居


「伊勢屋の隠居が来ていたようだが」
「伊賀屋です」
「近いなあ」
「で、何用じゃ」
「様子伺いとか」
「隠居には気をつけろ」
「はい」
「何を考えておるのやら」
「その前は伊勢屋が来ておりました」
「そうか、伊勢屋なら会いたかったなあ。久しぶりじゃ」
「伊勢屋は近付けてよろしいのですね」
「そうだな。あの隠居はいい」
「伊賀屋は駄目なのですか」
「伊勢屋は本当に遊びに来ておる。何か珍しいものでも手に入れたので、それを見せびらかしにな。それだけじゃ。罪がない」
「しかし、伊勢屋も伊賀屋も魂胆があってのこと」
「どちらも隠居が動いておる。隠居が動くとろくなことはない。まあ、伊勢屋はいい。魂胆があったとしても、こちらがから言い出さない限り、大人しいものじゃ」
「伊賀屋はよく来ますが、伊勢屋はあまり来ません」
「わしも留守が多い。来ても滅多に会えん」
「今日もお出掛けですか」
「うむ」
 
 先ほどの男がある武家屋敷に姿を現した。
「近江屋の隠居が来ておりますが」
「留守だと言っておけ」
「はっ」
「わざわざ隠居が来るとはな。何か魂胆があってのこと、特にあの隠居は狡賢い。居留守を使うのが一番」
 近江屋の隠居は、すんなりと引き上げたが、その道で伊賀屋と伊勢屋に会った。
 伊勢屋も伊賀屋も道で偶然出合ったので、行き先が同じなので、一緒に行くところらしい」
 ここに三隠居が集合したことになる。
 近江屋は伊賀屋が嫌いなので、伊勢屋に話しかけた。そして世間話をしていたが、伊賀屋も話に加わった。
 その中で、伊賀屋は最近近江屋が会ってくれないので、どうしたことなのかと問うた。
 近江屋は、あなたとは相性が悪いと、きついことを言う。伊賀屋はにやっとしただけ。
 立ち話はそれで終わり、伊賀屋と伊勢屋は先ほどの武家屋敷に入っていった。主人と会えたようだ。
 近江屋は二人がすぐに出てくるものだと思っていたが、そうではなかった。 しかし、自分は敬遠されている。
 隠居の中で、一番たちの悪いのは、自分かもしれないと思ったが、道楽仕事なので、別に嫌われてもいい。
 近江屋に戻ると、当主の息子に散々説教された。余計な動きはしないで下さいと。
 しかし、その後、近江屋達の隠居は、相変わらずウロウロしている。
 
   了


 


2021年4月2日

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