小説 川崎サイト



苔の一念

川崎ゆきお



「まだ、ボーとしておるのか。もう夏は終わってるぞ」
「ああ」
「ああじゃない」
「うん」
「うんでもない」
「運が欲しいなあ」
「行動せぬ者、運も呼べぬぞ」
「果報は寝て待てって、言うじゃありませんか」
「それは、おかしい」
「寝て待てですよ。寝て」
「それは……だ。それはあまりにも急いで仕事をし過ぎた人間に対しての諺だ。最初から寝ておってどうする。いろいろ活動し、その成果が出るまで、ここは待とうということだ。君の場合、その種のタネは蒔いたのか」
「蒔いたかもしれん。ずっと寝ていたわけじゃないから」
「君がそういう努力をしとるところを見た記憶はない」
「僕もあまり記憶はない」
「駄目じゃないか」
「蒔いたつもりはなかっても蒔いたようなことになっているかも」
「そんな意識にもない記憶では、蒔いたとは思えん」
「じゃあ、もう運も諦めます」
「もう秋だからな。そろそろ就職先を考えて……」
「どうして、就職とかがくるのですか」
「くる?」
「だから、どうして就職だけなんですかね」
「じゃ、他に何がある?」
「新しく趣味を始めるとか」
「労働あってこその趣味だ」
「その趣味が仕事に結び付くかもしれないじゃないですか」
「甘い甘い」
「じゃ、結び付かなくてもいいです」
「で、どんな趣味なんだ?」
「山歩きとかをやりたいなあ、と……」
「ハイキングか?」
「自然に接し、豊かな気持ちになりたいです。人間やはり、こんな無機的な町にいるからおかしくなるんです」
「それは趣味と言えるかなあ」
「山歩きは趣味でしょ」
「まあ、そうだな。しかし、仕事と結び付くか?」
「山にはいろいろな物がありますよ。それを持ち帰れば」
「何がある?」
「苔とか」
「ここ、苔!」
「苔のついた石とか、切り株とかは売れると思います」
「君!」
「はい」
「その話、もっと詳しく話しなさい」
「はい」
 
   了
 
 


          2007年9月13日
 

 

 

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