小説 川崎サイト

 

束の間の春


「いいときは束の間、そうは思いませんか」
「え、私、いいとき、殆どないのでピンときませんが」
「少しはあるでしょ。殆どじゃ」
「ましになる程度で、決していいときではありませんよ」
「いいときは僅か、いいときは長く続かない」
「だから、悪い状態がずっと続いていますよ。それにいいときもないのだから、悪い状態で普通ですよ。何とかしたいとは思いますがね。これは泥沼で、藻掻けば藻掻くほど沈んでいきます。だから何もしない方がまし。悪い状態は改善しませんが、慣れるとどうってことはありません。しかし、あなたから言われたので、意識してしまいましたがね。そんなこと思わない方がよかったりしますよ」
「ほう」
「思っただけじゃ、仕方がない。何とかしたいと考えるもの。これがいけないのです」
「諦めているのですか」
「だから、そういう面から考えないで、すっと流していきます。こんなものかと思いながら」
「それを諦めるということでしょ」
「そうなのかもしれませんが、真剣に考えるほどのことじゃないでしょ。目の前のことで一杯一杯ですしね」
「いい状態がずっと続くとは思わないことだ」
「いや、だから、いい状態など続いていませんので、そんなことを言われても」
「じゃ、私よりもいい感じゃないか」
「あなたの方がずっとずっといいですよ。いい状態なんでしょ」
「それがやがて、消えていく。束の間の春」
「じゃ、すっと冬をやっている方がいいのかもしれませんね」
「君とは話が合わん」
「あなたのレベルが高すぎるのですよ。私なんて、そんないい状態などないので、どう反応すればいいのか、困ります。思い当たることがないのですが、少しだけましになることがあります。これですか、あなたが言っておられるいい状態とは。それなら該当するものがありますが、まし程度では、レベルが低すぎるでしょうねえ」
「そうだね。栄光を掴んだ後の話をやりたかったのだが、人を間違えた」
「すみません。役立たずで」
「君はいい状態を望まないのか」
「望んでいますが、何ともなりませんから」
「まあ、いい、話はここまで」
「あなた、何か自慢したかったんじゃないのですか。あなたのいい状態はどんな感じですか、と聞いてもらいたかったのでは」
「もういい」
「はい」
 
   了


2021年4月4日

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