小説 川崎サイト

 

妖怪追い魔


「後ろから、誰かが来ているようで」
「誰だか分からないわけですな」
「振り向くと、そんな人はいません」
「ほう」
「しかし、歩き出すと、またつけられているような」
「尾行者ですかな」
「そうです。それで勘違いかもしれないと思い、さっと枝道に入りました。すると、後ろから尾行者の気配がします。そしてまた振り返ると、誰もいません。不思議だなあと思い。そのまま元の本通りに戻りました。そして、そのまま進んだのですが、後ろからまた気配がします。もう振り返らなくても、そんな人はいないと思い、そのまま、その先にある喫茶店に入りました」
「そこにもいましたか」
「いえ、もうそんな気配はしません」
「店の中まではついてこないのですね」
「そうだと思います。そこで昼の休憩をして、社に戻るとき、店を出た瞬間、また気配が、そして会社までついてきました。でも姿を見たわけではありません。曖昧な言い方ですが、気配としか言いようがないのです」
「後ろから視線を感じる、などはよくあることですからな」
「はい。それで社屋に戻ると、もうそれは消えています。何でしょう、妖怪博士」
「さあ」
「それに関する妖怪は昔からいると思いますが」
「ご自宅は何処でしたかな」
「錦之町です」
「戻り道、どうですか」
「社屋から駅までは気配がしますが、駅に入ると消えます」
「電車から降りて、家までの道中は」
「何もありません。何者でしょう」
「さあ」
「姿がないのです」
「じゃ、分からない」
「それで妖怪博士のお知恵をと」
「限定もの、範囲ものですなあ」
「僕もそう思います。その通りにだけ出ます」
「何という通りですかな」
「岸辺通りです」
「社屋も喫茶店も、その岸辺通りにあるのですな」
「そうです」
「しかし、枝道に入っても、まだついてくる」
「はい、でも岸辺通りから離れすぎると、出ません」
「古狸か古狐の仕業でしょう」
「博士、そういうことではないと思います。何か曰く因縁があるような」
「思い当たること、ありますかな」
「亡くなった専務とか」
「もしそうなら、どうしてあなたに付きまとうのでしょう」
「分かりません」
「これはただの追い魔です」
「た、ただの」
「狐狸の仕業でしょ。そのあたりを縄張りにしていた。ああ、今もいるんでしょう」
「そうなんですか」
「あとで古地図を調べれば分かりますが、昔はそのあたり淋しい村道で、よく化かされたなどとなっているはずです。今もまだにそんなことをやっておるんでしょう。ただ、その追い魔、殆どの人は感知しないと思いますよ。あなたが人よりもカンが鋭いので分かったのでしょう。どうですか、視線などを感じやすい体質じゃないのですか」
「あ、はい。よく感じます」
「また、岸辺通りですが、埋め立て地で、昔は海だった可能性があります。そうなると話は違ってきますがね」
「はい」
「まあ、追い魔は何もしません。ただの悪戯。無視すればいいのです」
「それが解答ですか」
「他になければ、狐狸のせいにするのが常道。それで丸く収まります」
「はい、分かりました」
 
   了

 


2021年4月10日

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