小説 川崎サイト

 

スローな通り


 三村は朝、起きたときから調子が悪いようなので、今日はゆっくり過ごそうと思った。ゆっくりとはスピードを落とすこと。動作を遅い目にコントリールすること。
 微熱があり、動きが速いと息が切れる。
 また、寝違えたのか、首や肩が痛い。そのため、本調子ではない。たまにそういう日があり、いつもなら数日で去って行き、元に戻る。これは朝、起きたときから分かる。
 それでも朝から色々と用事があり、それをこなさないといけないので、寝ているわけにはいかない。また寝込むほど重くはない。
 それで動作をゆっくり目にし、ゆるりとした動きに変えたため、逆に新鮮な感じ。
 いつも急いでいるわけではないが、それよりもはるかにスローペース。
 体調の悪いときは頭も体調に合わす。また、悪いときは気分も冴えないので、それほど張りきったことはしないもの。
 ゆっくり目のコントロール。これはやってみると穏やかな気分になる。今までどうしてやらなかったのかと思うほど、いい感じ。
 ただ、コントロールしているので、それを忘れることもある。ついうっかり早い目の動きやテンポになる。だからかなり意識していないと、ゆっくり目を維持でなかったりする。
 それで、立ち回り先を何カ所か回り、用事を済ませ、残る一つになったとき、スローペースにも慣れてきた。
 ただの通り道で、見慣れた場所なのだが、ゆっくりだとよく見える。表札の文字まで見てしまったりする。大河内と書かれている。そんなもの、知ったところでどうということはないので、意識的には見なかったのだが、ゆっくりペースだと、そこにも目が行く。
 風景がいつもよりも詳細。決して解像力が上がったわけではなく、見る項目が増えたのだろう。
 戻り道、少し狭苦しい通りを抜けるのだが、そこもよく見える。ゴチャゴチャとした商店の裏側にあたるのだろう。近道なので、いつもそこを通り抜けているが、その日は抜け方が遅い。そのため、色々なものが見えてくる。表の店も知っているので、たとえばラーメン屋の裏にあたる、とかが何となく分かる。表側はもうシャッターを閉めているが、裏側には洗濯物が干されている。
 その裏側の並びにさらに狭い通路というか余地がある。通行はできないだろう。物が置いてあるので。
 しかし、そこを抜ければ表側に出られるはず。
 こんな細い通路、今まであったのかと思うのだが、スローの効果で、今まで見えていなかったものが見えたのだろう。
 三村は好奇心とか、冒険心とかの元気はないが、何となく、その隙間に入っていった。それも非常にゆっくりと。
 そして表通りに出たのだが、三村は立ち止まってしまう。
 通りの風景がさらにゆっくりなのだ。風で揺れる木の葉がスロー、行き交う人もかなり遅い。
 これは別のところに出たようだ。
 
   了


2021年4月16日

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