小説 川崎サイト

 

菜種梅雨の宿


「久しぶりの雨ですねえ」
「この雨は長引くでしょう」
「そういう症状ですか」
「雨は病じゃないが、鬱陶しい」
「そうですね」
「春の長雨。これは菜種梅雨」
「まだ、梅雨には早いですよ」
「次の長雨が本物の梅雨。その前に菜種梅雨がある」
「菜種って、菜の花ですか」
「菜の種類は多い」
「はい」
「大根の花を見て、菜の花だと思ったことがある」
「似たような花びらなんですね」
「アブラナの花が菜の花」
「油の花ですか」
「菜種油で明かりを灯していた時代もある」
「はあ」
「一介の油売りが美濃を取り、領主になったこともある」
「マムシの道三」
「そう、斎藤道三」
「もし菜種油がなければ、道三も別の人生を過ごしたかもしれん。美濃に道三がいなければ、信長の生涯も変わっていたかもしれん。意外と、美濃に負けていたり」
「菜の花だけで、そこまで引っ張りますか」
「いや、雨で引っ張っただけ」
「長雨になりそうですからねえ」
「雨が降れば桶屋が儲かる」
「それは風が吹けばでしょ」
「雨風だけではなく、一寸したことで、人生が変わる。歴史もな」
「一寸したことが大事なんですね」
「一寸したことは多すぎて、気にも留めんがな。しかし、一寸したことの中に、これは何かあると思えるようなこともある。ただの一寸ではなく」
「それはどうやって見分けるのですか。ただの勘ですか」
「一度似たようなシーンを見たとかのような感じが来るんだ」
「はあ」
「まあ、それはあとで分かることで、そのときは妙な感じだなあ、程度」
「じゃ、役立ちませんねえ」
「そうだね。しかし、自分の本流を言っているような気がする」
「自分らしい生き方とか」
「いや、自分らしくかどうかは分からないが、何か懐かしいような」
「気のせいでしょ」
「まあな。それよりもこの雨だ。もう一泊するか」
「菜種梅雨だと、長逗留になりますよ」
「いや、逗留することで何かありそうだ」
「僕は立ちます」
「そうか」
「逗留することで、何かが起こりそうだ」
「気のせいですよ」
「そうか」
「帰りたくないだけでしょ」
「まあね」
 
   了


 


2021年4月20日

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