小説 川崎サイト

 

夜歩く立像


「何故か遠いところにいるようです」
「あなたの家のすぐ近くですよ」
「そうなんですが、久しぶりなので」
「まあ、用がなければこの祠群へは来ないでしょう。祠参りの年ではないでしょうから。私は祠巡りが好きでしてね。もう年ですので、そんなものです。昔は営業で色々な町を巡り歩いたものです。好きで歩いていたわけじゃありませんがね。お客さんは神社です。寺です。そういう業種ではありませんが、お客様は神様ですからね」
「このあたり、祠が多いことは知っていましたが、何かあるのですか。密度が濃いような気がします」
「聖域群です。確かに多すぎますね。しかし、私にも詳しいことは分からない」
 そこへ祠巡礼の老婆が現れた。いい機会なので聞いてみた。これはスーパーの前で聞くよりも、答えてくれやすい。当然だろう。老婆は祠に用があって来ているので、頭もその世界に入っている。
「しゃあ、わいが子供の頃からありましたからなあ。まあ、三つほど消えましたがな。あそこの家、あの前にあったんですが、家を売ったんでしょうなあ、別の人が土地を買いました。それで全部更地になりましてな。その敷地内に祠があったんですわ。道に面して」
「残り二つは」
「似たような事情ですわな」
「おそらく、吉縁寺さんの境内の裏側に運ばれたのでしょう。中味だけですが」
「ああ、あれがそうなんですか。知らなかった。祠は閉まっていましたんでな。中が見えなかったんですよ」
「座像ではなく、立像です。地蔵ではないし、観音でもない。人でしょう。高僧とか聖人」
「良いことを聞きました。吉縁寺じさんに寄ってみますわ」
 老婆は、目の前の祠に手を合わせただけで、立ち去った。
「よくご存じですねえ」
「いや、このあたりをよく見て回っていますので。それに吉縁寺の住職が境内に出ていたので、聞いてみたのです」
「ここは近いのですが、もの凄く遠く感じるのは、深い場所のいるためかもしれません」
「立像は三十センチほどあるでしょうか。夜中歩くそうです」
「え、股も石なのに」
「足を使わないで、スーと移動するのです。リニアモーターカーのように」
「どうして歩くのですか」
「それは今、説明しました」
「そうじゃなく、目的」
「ああ、里帰りでしょ」
「先ほど老婆が言っていた家の祠跡にですか」
「そうです。しかし、祠はないし、それがあった場所は塀がありますので、入れない。それで、戻るのです。その往復路に歩く立像が出るのです」
「本当ですか。嘘でしょ」
「お寺さんの冗談でしょうがね。その話が広まったとき、本当に見た人が何人も現れましたよ」
「あなたは見ましたか」
「昼間しか来ませんので、夜歩くところを見る機会はありません。でも嘘でしょ。だから、わざわざ夜中に見に行くようなことはしませんよ」
「そうですねえ。じゃ、僕もついでにその立像、お寺まで行って見てきます」
「はい、ご機嫌よう」
 
   了


2021年4月27日

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