小説 川崎サイト

 

枯れ枝


 日々様々なことはあるが些細事、天下の一大事ではない。
 島田の天下は小さく、そして低くなった。その代わり天ではなく地に近いすれすれの天地。
 地に近い。それは地道に暮らすような感じだが、地味。天下の道ではなく、野を這う畦道のような道。しかし、地面から味はしないものの、匂いはする。
 重職を引き、野の人になった島田だが、戻るように何度も催促されている。それも今の殿様の代だけだろう。
 島田が引いたのは、邪魔になるため。殿様のためにはならない。そのまま仕えていると、いずれ殿様を凌ぐほどになり、狭いとはいえ、この小天地を差配できるようになるだろう。島田はそこまでの野心はない。
 島田には殿様から頂いた領土がある。いくつかの村々かならなり、重臣らしい所領だが、その殆どは返してしまった。残っている村は、殿様からもらったものではなく、豪族だった時代の島田家の土地。ここは返す必要はない。
 与えられていた領地は、給料のようなもの。そこから上がる年貢がそのまま自分のものになる。全部ではないが。
 春ののどやかな日、畦には春の草がもう退屈したかのように生えている。
 島田は鍬を握り、畑を耕している。田植えにはまだ早く、それまで、菜でも植えておこうということだ。豆でもいい。豆ならツルが絡める杭が欲しい。山裾に竹林があるが、切るほどではないので、そのへんの枯れ枝でも拾いに行くことにした。
 繁みに入ると、もう村は見えなくなる。他の畑に出ていた人も、見えなくなる。
 豆のツルが絡みやすく、ある程度高さのある枯れ枝を探していると、いいのが落ちていた。
 それを拾おうとしたとき、背後に人の気配。
「ここにおられましたか」背後の声から倉崎又五郎だと分かった。殿様の側近で、まだ若い。
「また催促ですかな」
「是非、以前のようにお側に仕えていただけませんでしょうか」
「それは何度も辞退したはず」
「殿がどうしてもと」
 島田が引いたのち、同じ重臣の滝川が勢力を強めてきたようだ。島田に取って代わろうとしているらしい。それを抑えられるのは島田しかいない。だから是非戻って来て欲しいのだろう」
「滝川は大したことはない。のさばらせておけばいい」
「しかし、目に余る振る舞いが」
 島田が引くことで、均衡が崩れたのだろう。それを知らない島田ではない。
「分かった。何とかしよう」
「では戻っていただけるので」
「そこまでしなくてもよい」
 
 島田は野良着のまま、重臣の滝川屋敷に姿を現した。ただし、庭からそっと入り込んで。
 庭に面した縁に折良く滝川がいた。
 滝川は慌てて家人を呼ぼうとしたが、島田はそれを制した。
「まあまあ、茶でもいっぱい頂ければいい」
 滝川は縁側で正座した。
 島田は手に枯れ枝を握っていた。それをそっと滝川に付き出した。
「蔓が絡みやすいじゃろ」
 滝川は下を向き、叱られた犬のように白目になった。
 
   了
 
   


2021年5月2日

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