小説 川崎サイト

 

喫茶六地蔵


 吉岡は昼を食べたあと、散歩に出る。その先に喫茶店がある。目的は散歩ではなく、喫茶店に入ること。これが日課になっており、余程体調が悪いか嵐でもなければ欠かしたことがない。
 ところがいつもの喫茶店が休みで、それが長く続くことが分かった。その喫茶店は大きな建物内にあり、吉岡は駐輪場から近い入口から入り、階段を上って二階にある店へ行く。
 建物の裏口だ。エスカレーターは近くにない。二階なので、階段でいいだろう。エレベーターは裏口近くにもあるのだが、待っている間に着いているだろう。
 その日もいつものように階段を上る。これは非常階段に近い。階段だけがある。
 そして上がりきると二階の通路に出る。これも裏通路だろう。トイレがある狭い通路。そういうところに隠されている。
 毎日通っている場所なので、慣れたもの。しかし、喫茶店が閉まっている。これはいきなりだ。かつてないこと。何があったのだろう。
 シャッターはないが、中は暗く、ロープが張ってある。そしてプレートが立っており、臨時休業となっている。理由は書かれていない。
 同じように、来た人も、それを見ている。
「一週間ほどだと聞いたけど」
「そうなんですか」
「つい癖になって、来てしまいました。休みだと分かっていたのですがね。店の人に昨日こっそりと教えてもらったんですよ」
「一週間ですか。それは長い」
「何でしょうねえ。教えてくれたバイトも休みの理由は知らないとか」
「でも、一週間後、開くのでしょ」
「そうだと思いますよ」
 消えてなくなるわけではない。吉岡はそれで安心したのだが、一週間ほど来れなくなる。
 近くに喫茶店はない。しかし、昼を食べたあと、喫茶店へ行くという習慣を変えたくない。別の店を探す必要がある。
 というような経緯があり、吉岡は別の喫茶店を探すことにしたのだが、これがまた面倒。いい店が見付かっても一週間で行かなくなるだろう。
 以前よく行っていた店もあるが、そこをやめて、今の店に変えている。後戻りはできない。そんな法則はないが、出戻りのようで行きにくい。それに一週間ほどで、また去るのだから。
 いつもの店の三倍ほど遠いところへ行けば、喫茶店ぐらいあるはずだが、昼の休憩時間にしては遠すぎる。それほど時間は取れない。
 しかし、方角は違うが、喫茶店のようなものがあったことを思い出す。入りにくそうな店で、中がどうなっているのかがまったく分からない。入るとカウンター席だけかもしれないが、フロアの大きさが掴めない建物だ。しかし入口の狭さから推し量れば、小さな喫茶店であることは確か。
 しかし、喫茶店だと思っていても、実はスナックだったりすることもある。
 そういう怪しい店しか思い付かない。
 昼を食べたあと、行く喫茶店も決めないで、吉岡は自転車に乗った。方角を決めなくてはいけない。とりあえず、その怪しげな喫茶店へ向かう。駄目なら、戻ればいい。
 結果的には、ドアを開けると、喫茶店内部が全て分かった。やはりカウンター席だけの小さな店だったが、六地蔵が並んで座っていた。どの地蔵も、見覚えがある。
 いつもの喫茶店でよく見かける人達だった。
 
   了
  
 
   


2021年5月3日

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