小説 川崎サイト

 

ある飛行


「風が強いですなあ」
「昨日も言ってましたよ」
「飛びにくい」
「私なんて風に乗れるので、遠くまで行けますよ」
「逆風なら難儀だろう。それに風の日はわしは出ない」
「飛ばされるからですか」
「それもあるが、君は特殊だ。普通は風の強い日は出ないもの」
「そうなんですか。私が特殊なんですか」
「我々魂はな」
「はあ」
「それに人魂の火がすぐに消える」
「ああ、そのタイプの魂は駄目ですねえ。私は火は使いません」
「じゃ、何処にいるのか、人様には見えんだろ」
「誰も驚かないので、安心して散歩できます」
「足もないのに」
「そうですね。飛行ですから」
「わしが考えたのは、地面に着地して、歩くこと」
「それこそ足がないので無理ですよ。魂が擦れて痛いですよ」
「いや、たまには浮いた状態から脱したい」
「頑張って下さい」
「まあ、考え置いているだけで、是が非でもやりたいことではなく、余興なのでな。ただの趣味なので、いつもは念頭にはない」
「雨は大丈夫なのですか。火の玉が消えませんか」
「それは大丈夫。風には弱いが水には強い。池にも潜れるほど」
「そういえば水魂の名人がいましたねえ」
「チョウチンアンコウのようなものじゃよ」
「さて、今夜はどうします。休みますか」
「たまには風の強い夜でも出ないとな。苦手だからといって、避けてばかりでは進歩がない」
「風下へ向かえば楽ですよ」
「それじゃ方角が違う」
「そちらに誰かいるのですか」
「脅かしてやりたい奴がおる。長年の恨みじゃ」
「じゃ、頑張って、果たして下さい。この程度の風なら楽ですよ」
「しかし、現場で突風に遭うと消えるので脅しにならん」
「はい、研究して下さい。創意工夫。それはいつまでたっても必要ですから」
「そうじゃな。ところで、君は見えない人魂で満足できるのかね」
「いえ、別に恨みのある人もいませんから、純粋に散歩を楽しみに行くだけです」
「飛行じゃろ」
「そうでした。気楽でいいですよ。あなたも恨みなど捨てて、気楽に、気ままな飛行を楽しめばいいのに」
「考えておこう」
 
   了


 
   


2021年5月6日

小説 川崎サイト