小説 川崎サイト

 

勢い


「勢いが止まりましたなあ」
「そうなんですか」
「いつもなら、階段を一歩上がる。前の段階よりも一段上に。たまに下ることもあるが、次は今まで以上に段階を飛び越すほど。そのあとも、ずっと上がり続けていた。勢いがあるとはそういうことです。その勢いが最近止まった」
「ある段階で安定したのでは」
「安定はいいが、数段下がったところで、安定してしまった。これは楽かもしれんがな」
「それで、見切られると」
「もう期待はできん。さらなる段階を望んでいたのだが、それがない」
「違うものを望んでいるのでは? つまり狙いが変わったのではありませんか」
「楽な狙いだ」
「はあ」
「今まで以上のことをしたとき、よく頑張ったと思えるのだが、かなり下のことをやっているのなら、頑張ったとは思えん。それが不満じゃ」
「もうすっかり出来上がっているので、安定感はありますよ」
「安定すると駄目だ。横移動ではな。しかも数段下の横移動ではのう」
「もう上への階段がないのではありませんか。だから上りたくても上れない」
「いや、まだ階段はある。何段もある。もう上る気がなくなったんだろう。そんなことをしなくても、十分やっていけるのでな」
「それで、見限ると」
「今まで以下なら、期待外れ」
「では、乗り換えらますか」
「あとを追っている者がいる」
「じゃ、そちらへ」
「ところが、そっちも行き止まりにぶつかったようだ。別の階段を上りだした。しかし、それは私が期待している階段ではない。だから、駄目だ」
「その他は」
「まだ弱い。しかし、階段をゆっくりだが上っている。下ることはない。まだ低いがな。しかし勢いはそちらの方が盛んかもしれん」
「じゃ、そちらへ乗り換えられますか」
「少し弱いがな。駆け上るほどの勢いはないが、この先、どう化けるのかが楽しみじゃ」
「分かりました。そのように計らいます」
「後に続く者が弱い」
「後に続く者も、いずれ上り詰めて、そこで終わるのではありませんか」
「いや、まだ上はある。しかし、そこからはきつくなる。だから上がりたくないのだろう」
「全盛期とは、どのあたりでしょうか」
「聞く必要もなかろう。勢いが止まる前じゃ」
「では、常に上昇しているのがいいのですね」
「そうじゃな。それ以上、もう上らないのなら、身を引くことじゃ」
「ご隠居もその口ですか」
「私もいいところで引いた。まだ上がることはできたのだが、きつくてきつくて、もう辞めることにしたんだよ」
「引き際がよかったです」
「そうか、しかし、早すぎた」
「そうですねえ。一段上っただけですからね」
「そうだな」
 
   了



 
   


2021年5月12日

小説 川崎サイト