藪
「暑いですねえ」
「もう、夏のようです」
「まだ先ですが、今日は夏の暑さですねえ」
「そうです。もう夏がやってきたも同じ」
「暦の上では春なのですが、夏日ですよね。今日の気温は」
「寒暖計は見ていませんが、ニュースで言ってましたか」
「はい、言ってました」
「季候がよくなれば、出掛けようかと思っていたのですが、こう暑いと、出にくいです」
「今が一番季候のいい時期なのですが、夏が早く来ているのかもしれません」
「そうですねえ」
「ところで、今日は何処にお出掛けで」
「野暮用です。藪に行きます」
「藪」
「藪入りです」
「それはまだ早い。お盆はまだまだ先でしょ」
「いえ、藪です。竹藪へ行くのです」
「竹藪」
「はい」
「竹取の翁ですか。かぐや姫でも見付けに行くのですかな」
「藪蚊に刺されに行きます」
「それはまた、どうして」
「効くのです」
「何に」
「一度刺されると抵抗力が付いて、病知らずとか」
「藪知らずは、聞いたことがありますが」
「何ですか藪知らず」
「八幡の藪知らずですよ」
「意味が分かりません」
「まあ、本物もありますが、縁日などでのアトラクションです。迷路抜けです」
「知りませんでした」
「それよりも、藪蚊が本当に効くのですかな」
「はい」
「藪医者というのもいる。見立てが藪睨み」
「藪蚊は医者ではないので、安全です」
「ところで、ソースは何処ですか」
「醤油じゃなく、ソース」
「出元です。その話の」
「私です」
「じゃ、どうして知ったのですかな」
「夢で」
「あ、そう。あ、そう」
会話はそこで止まり、あとは沈黙となり、二人は下を向いたまま、待合室で、待ち続けた。
了
2021年5月16日