小説 川崎サイト

 

暗躍


「沼田の動きがおかしいと」
「はい、おかしいです」
「可笑しいか。笑うべきことだな。沼田は鼠。敏感だからな。それで、何が原因だと思う」
「御家老の久内様が辞任なされるのではないかと思われます」
「沼田はそれを察したか。まだ、誰も知らないはず」
「知っておるのは、一部の重臣だけかと」
「沼田鼠め、何処で嗅ぎ付けたのかのう」
「髭でしょ」
「鼠の髭か」
「それと、あの長くてミミズのような尻尾」
「沼田に尻尾はなかろう」
「いえ、出ているように見えます。次の主席家老に誰がなるか、沼田の動きで分かります」
「小善様では」
「小善様は殿とは近い親戚筋。妥当なところだと思われます」
「他には」
「江戸詰だった正田様かと」
「鼠はどうしている」
「沼田は、当然そちらにも」
「誰が有利じゃ」
「さあ」
「他の者の動きは」
「沼田ほどではありませんが、角川殿、金子殿も、有力者と接しております」
「富田倉之助に注目せよ」
「動きですか」
「そうだ」
「目立った動きはないかと」
「きゃつは鼠よりも信頼できる」
「どうしてですか。目立たないし、大した奴ではありませんが」
「富田倉之助は大人しいが知恵のある猫だ」
「はい、調べさせます」
 
「富田倉之助を調べさせました」
「どうだった」
「ご親戚筋の小善様と会っておりました」
「決まりだな。次席家老は小善様じゃ。妥当なところだ。富田倉之助らしい選択じゃ」
「では、小善様と早速」
「いや、目立つ。わしが動けば、小善様が次席家老になると言っているようなもの。今は小善様の取り巻きは少ない」
 
「小善様の屋敷に鼠が入り込みました」
「乗り換えたか」
「いえ、候補に挙がっているお偉方全てと接しておるとか」
「だから、鼠は当てにならん。正解がない」
「御自身が出られては」
「わしが出ると、小善様と戦うことになる。それはまずい。
 
「妙なことが起こりそうです」
「どうした。新たな動きか」
「辞任されるはずの久内様が、その気がないと分かりました」
「辞任しないと」
「はい」
「危ないところじゃった」
「はあ」
「久内に計られたのじゃ。わしの出方を見たかったのだろう」
「じゃ、次の首席家老探しは、もう中止ですか」
「下手に動かなくてよかった」
「あ、はい」
 
   了


 


2021年5月20日

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