小説 川崎サイト

 

生きがい


 一つのことばかりに拘り、執着し、そして、そればかりを池端はやっている。当然それはどうでもいいようなことなので、時間のあるときに限られる。
 仕事もあるし、暮らしもあるので、そればかりをやっているわけではないが、どちらかというと、それがメインであり、生きがい。
 生きていることのメインとは何だろうか。それを考えると、やらないといけないからやっていることが多い。仕事や日々の暮らしぶり、生活に必要なことをしっかりとやる。これは面白いとか、楽しいとかとは別。
 しかし、そういった地味なことも池端は嫌いではない。結構落ち着いたりする。そういうことをやっているときは。
 池端には楽しみがある。そして、それをやっているときが一番楽しい。道楽のようなもの。そして、暇さえあれば、そればかり。
 子供がゲームをしているようなレベルなのであまり役立たない。
 しかし、何かに熱中できることでは役立っている。世の中、なかなか熱中できるようなのはない。本当はその先まで行けばいいのだろうが、興味が尽きればそこで終わってしまう。ごく一般的に。
 池端の、その趣味のようなものを親しい友人である立花は知っている。彼もそれに興味があったので、話しやすかったのだろう。
「そろそろ、その悪趣味から卒業しないとね」
 ある日、立花が急に言い出した。彼も同じことをやっているので、自分自身に言い聞かせているのだろうか。
「そうだね」
「そうだろ」
「もっと他に色々とやりたいことがあるんだけど、あまり熱中できないんだ。当然本当にやらなければいけないことも沢山あるので、そちらもやりたいけど、今一つ乗り気がしない。でも、最低限のことはするけどね」
「その最低限が低いんだ」
「そうだね。本当に最低だ」
「だから、卒業すべきだ」
「立花君は、その決心なのかい」
「そのつもりだけど、君の方が重症だから、卒業するのは難しかもしれないよ」
「確かにそうだ。これを僕から取り上げると、腑抜けになる。熱中するものがなくなると淋しい」
「それは分かるけど」
「じゃ、卒業なんて、勧めないでよ」
「いや、僕は卒業する。そして真っ当な社会人になるんだ」
「社会人をやっていてもできるよ」
「そういう意味じゃなく、社会人がメインになる」
「あ、そう」
 立花の説得に負けたのか、池端は悪趣味から脱した。卒業した。別にやらなくてもいいことだし、生活に支障は出ない。むしろ妨げになっていた。
 ところが、池端自身も言っていたように、腑抜けになった。精彩がなくなり、無気力な人間になった。
 生きがいをなくした人間と同じ。そのため、日々の暮らしや仕事は順調でも、生きている実感がない。
 それで、また悪趣味をやり始めた。すると、日々、活気が生まれ、顔色もよくなり、生き生きさが戻った。
「どうだい、卒業してよかっただろ」
 ある日、立花が、元気そうな池端の顔を見て、そう言った。立花も元気そうだ。
 立花も卒業したのだが、すぐに戻ったようだ。
 それで二人とも元気さを戻した。
 
   了

 


 


2021年5月21日

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