小説 川崎サイト

 

妖脈使い


 深いところで、何かが蠢いている。それは普段は気付かない。たまにそれが表に現れる。何かの脈動。手首でみる脈拍ではない。それは数や勢いだろう。血流の。
 深いところで動いているのは血ではないが、そこから発せられたものの影響で、脈拍も変わるかもしれない。
 それが表に出たときは、血が騒ぐと言ってもいいが、それほど騒がしいものではなく、何かを感じるだけ。それは筋かもしれない。筋肉ではない。
 話の筋、それに近い。流れ、これも血の流れに近いが、何らかの物語のような筋があり、それは水脈のようなもの。
 これは深いところにあり、普段は分からない。しかし、たまに脈絡に切れ目があるのが分かる。ボコッと。
 表面に出るのは、そのボコッとしたもの。
 吉岡はそれを感じたのだが、何ともしようがない。ただ、一寸変調をきたしているような気がするが、これは病ではない。体調ではなく、心の調子、心調だ。そんな言葉はないが、吉岡は独り言で、その言葉を使う。日記にもその言葉が出てくる。
 心の中の深い箇所。深ければ深いほど動物に近くなる。さらに深いと、もう関係のない世界になる。基本的な本能のようなものよりも、少し高等。たまにボコッと意識に上るので、どのあたりのことなのかは察しが付く。
 似ているのはやはり血が騒ぐという感じだが、何に対しての血なのかで違ってくる。違う脈もあるのだ。つまり色々な物語の流れがある。その中の一つだろう。
 満月が近いためだろうか。吸血鬼以外でも、満月になると血が騒ぐのかもしれない。月の引力で。
 それで、ここ数日、吉岡の頭はざわめいている。落ち着きがない。不安と言うほどではなく、一寸した不快さがある。不安定な。
 これはすぐに収まる。何せ、ボコッとするだけなので、継続性はなく、すぐに奥に引っ込んでしまい、もう分からなくなる。
 吉岡は、そういうことが分かるので、この得体の知れない脈動に興味を持ったことがある。そういう人間なので、そういう人間と近付くことがある。それが吉岡の師匠に当たる村田剣山。親が付けた名ではない。
「また妖脈が出ましたか」
 この師匠も、勝手に熟語を作るようだが、字面を見れば理解できる。
「はい」
「それが出たときは、妖しい流れになる。そうなっておりませんか」
「ああ、最近、少し妖しいです」
「妖脈の仕業ですが、変調をきたしておるようですな。これは妖脈がおかしくなっているので、表に出るのです」
「そうなんです。妙に落ち着きがなく」
「妖脈を鎮めなさい」
「はい、そのつもりですが」
「まあ、気にしなくても、すっと消えていきますが、急ぐのなら、流れを少し変えることでしょう」
「その方法は」
「別の妖脈を弄りなさい」
「妖脈は沢山あるのですか」
「あります。他の妖脈へ気を移すと、変調していた妖脈が治まるでしょ。放置していても、自然と落ち着くものですが、急いでいるときは、その方法も有りかと」
「流石師匠」
「できれば、そういった心の深いところから湧き出ているものは弄らない方がよろしい」
「はい、有り難うございました」
「妖脈も大事だが、人脈も大事」
「はあ」
「私のような妖脈使いと付き合わない方が本当はいいのですがね」
「あ、はい」
 
   了

 

 


2021年5月25日

小説 川崎サイト