小説 川崎サイト

 

妖怪の手塚


 多々良嶽というゴツゴツとした山がある。里から遠いが、このあたりでは高いので、山々の隙間から覗いている。他の山々よりも稜線が歪で、線が乱れている。不気味な山塊。
 世が乱れていた時代、ここに妖怪が出るとの噂があり、近付くものは希。猟師も入らない山だが、それだけに獲物が多いので、入り込むこともある。
 また、山道で迷い、知らないうちに多々良嶽に踏み込む人も希にいる。
 岩の上で修行僧が座っている。それを見た者は見た瞬間、僧から手が伸びてきて、襟元を掴まれるとか。
 また、もの凄い速さで駆け回る僧侶を見たとか。
 だがその妖怪は屈強な武士が退治している。
 この武士、野武士のようなもので、定まった主人はいない。その方が気楽なためだろう。そして僧侶と組んで諸国を回っている。この僧侶も姿だけで、どの山門にも入っていない。しかし、親切そうで、優しそうなお坊さん。
 屈強な武士は口下手だが、僧侶は口が上手い。仏の教えなどを説いて回っていた時期もあるためだ。有り難いお話しだ。
 この二人が多々良嶽近くの里に寄ったとき、妖怪の噂を聞いた。僧侶はすぐに退治を引き受けた。
 ただ、実行したのは数ヶ月後。その間、長く大百姓の屋敷で滞在した。
 そろそろろだ、ということで、僧侶は武士と多々良嶽へ向かった。
 妖怪の正体は分かっている。僧侶だ。この僧侶ではない。若いが賢い坊さんがいた。秀才だ。修行中、ややこしくなり、あと一息で悟るところで、悟り違えた。それで狂った。そのまま山に入り、戻ってこなかった。
 多々良嶽でその僧侶の姿を見た人がいるが、それから何十年も経った頃、妖怪が出るようになる。
 多々良嶽の僧侶が、そこで亡くなったのではないか、また悟り違えたので妖怪変化になったのだと。
 ここまで分かっているので、旅の武士と僧侶は調べる必要はない。しかし、長く滞在したのは、準備中とか。
 そして実行することになる。
 朝、山へ向かい、昼過ぎには、もう戻ってきた。
 僧侶は妖怪から切り取ったという手首を見せ、手塚を作るように、里人に伝えた。
 その後、妖怪は出なくなった。当然だろう。退治したのだから。
 世は乱れていた。方々で戦があった。
 僧侶は、そういうものをあらかじめ用意していたのだろう。
 今は新興住宅地になったが、手塚はまだ残っている。
 
   了


2021年6月2日

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