小説 川崎サイト

 

八方斉


 困ったこと、ややこしいことがあると、八方斉に頼れと言われている。誰が言い出したのかは分からないが、八方斉が何処にいるのか分からないので、頼みようがない。実は決まった場所に住んでいない。
 だが、八方斉に助けてもらったとかの噂はある。しかもかなり広い地域で。
 実は八方斉は複数いる。いずれも流浪の呪い師のようなもの。だから人生相談や真面目な話は合わない。奇妙なものに遭遇したとか、呪われているとか、ややこしい話のときに限られるが、八方斉はあらゆることに長けている。
 村で怪異が起こったとき、寺社とか長老とか、賢者とか、当然巫女のような人が村内にいるのだが、流浪の呪い師に頼むのはそれなりのわけがある。村人に知られたくないことや、また、近くに優れた術者がいない場合、八方斉に頼むことになる。だが、何処にいるのか分からないので、何ともならないが。
 八方斉の中には術足らず、力足らずもいる。しかし、元々が気休め程度のことなので、本当の力などは必要ないのかもしれない。
 中には本当に怖い話があり、護摩を焚いて誤魔化せないようなのもある。
 非常に長けた八方斉は誤魔化すのが上手い。問題は誤魔化し方で、それが上手いと凄い力があるように誤解される。当然誤解されることを期待しての仕草だが。
「本当に怖い話がありましてなあ」
 善一坊という八方斉が仲間と話している。どの人も名は八方斉だが、仲間内のときは、本名を出す。この人は僧侶崩れで、悟よりも、ややこしいことに興味を持ちすぎ、そちらへ行った青年。
「危ないものには近付かん方がよろしい」と、年嵩の八方斉が諭す。
「手に負えないものが本当にいるのです」
「分かっておる。だから逃げろ。真っ先にな」
「それを退治できないものでしょうか」
「できん。人知では計り知れぬ存在なのでな」
「はい」
「勇気のある八方斉で、魔物と戦った奴もおるが、まずは負ける。何せ本物なのでな」
「心します」
「わしらは如何に誤魔化すかじゃ。頼み人もそれを期待しておる。たとえそれが本物の魔の者に出合っても、そう捉えないで、あしらうのじゃ。争ってはならん」
「心します」
「さて、そろそろここで別れるか。八方斉が二人いてはまずかろう」
「そうですね」
「では、御達者で」
「うむ」
 
   了


2021年6月5日

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