小説 川崎サイト

 

ある待ち合わせ


 雨の降る前の蒸し暑さが高岡を襲う。その程度のものに襲われるのだから平和なものだろう。特に高岡を狙い撃ちした襲撃ではない。人は絡んでこないし、事件性もないし、人生にも影響をさほど与えないだろう。だから些細事。
 この些細事だけで始終しているのは平和な証拠かもしれないが、それで体調が優れないのだから、決して平和ではない。
 雨が降る前のムッとした空気。これが重くのし掛かってきて、まさに重苦しい。決して誰かに馬乗りされ、首を絞められているわけではない。
 少し良いことがあり、それを楽しもうと思っていたのだが、その気になれない。調子が悪いためだ。
 そんなとき、遠くにいる友達から連絡が入った。近くまで来ているので、会わないか、というもの。特別な何かではなく、よくあること。数少ない友達なので、これは貴重、ここで断ると、疎遠への道を開くことになる。そんな道があるわけではないが、この選択で、その後の展開が変わってくる。
 こういう日は静かにしていたい。だから動きたくない。だが、会わないと断る方がしんどい。それに一度断ると癖になる。用事があって会っている時間がないとかではなく、時間は十分ある。
 重苦しい友達ではなく、軽い友達。だから気楽な存在で、会えばそれなりに楽しい。
 つまり高岡にとって楽しいこと。しかし、楽しいことは調子の良いときにやりたいもの。その日は楽しめないかもしれない。
 そう思いながらも会うことを約束してしまった。これは後悔したが、断る方が後悔するだろう。これといった理由がないので説明もしにくい。
 是が非でも会わないといけない相手ではない。だからどうでもいいような関係。決して大事ではなく、小事以下。
 それで、駅前の待ち合わせ場所まで、自転車で向かうが、雨が降ってきた。
 だが、逆にここで、どっと降ったので、重苦しさが緩和した。重さが取れたのだろう。
 駅前の約束場所に行くが、友達の姿はない。早すぎたのかもしれないと思い、しばらく待ってみたが、やはり姿を現さない。
 場所と時間を間違えたのではないかと思い、電話するが通じない。呼び出しているが、出ない。電車の中かもしれない。
 それで、もう少し待つことにしたが、友達は来ない。
 もう一度電話をするが、同じこと。
 何か、妙だと思いながら、周囲を見ていると、駅の入口の端に友達らしい人が立っている。服装が友達らしくないので、気付かなかったのかもしれない。しかし、友達なら高岡を見てすぐに寄ってくるだろう。
 高岡はそっとその人の前を通り過ぎた。
 別人だった。
 雨は降り続いている。
 その中を自転車で戻ることにした。
 その友達、途中で何かあったのかもしれない。そう思いながら、駅前から離れた。
 何かよく分からないが、事情があるのだろう。
 雨の中、戻るとき、もう蒸し暑さは消えており、重苦しさもなくなっていた。
 その友達とはそのまま、どちらからも連絡し合うこともなく、年月が流れた。
 その頃は、もうそんなことがあったことなど、とっくの昔に忘れていた。
 
   了

 


2021年6月6日

小説 川崎サイト