小説 川崎サイト

 

終わった人


「我が一族は田村殿に従うのがよろしいかと存じます」
「そうだな」
「田村殿は公正なお方、偏りがありません。どなたに対しても同じように礼を尽くし、それに腰も低く、話し方は上下に拘わらず、丁寧」
「そうだな」
「我が家、我が一族は田村殿に従うことが一番無難かと」
「そうだな」
「何か、お気に召されませんかな」
「召したいがな」
「ではお召し上がりなされ」
「わしはなあ」
「誰ぞ、他にいますか」
「うむ。藤堂殿」
「それは駄目です。もう誰も藤堂殿など相手にしません。昔の人ですし、それに藤堂殿の言われることは間違いが多いのです。それはもう誰もが存じていること。今頃、藤堂殿に従う者などいないでしょう」
「何が悪かったのかなあ」
「もう時代が違います。藤堂殿は古い考えで、今はそんな時代ではありませんし、それに間違った考えをお持ちの方です。古いのはよろしいのですが、間違いが多いのは、何ともなりません。そのため、もう藤堂殿に従う人などほとんどいません」
「間違いが多いと申すが、その当時、まだよく分かっていなかったことのため」
「だから、藤堂殿だけが勝手に思っておられることで、いわば想像です」
「わしは子供の頃、塾で藤堂殿に教えを請うた。その印象がいいのでなあ。藤堂殿が好きじゃ」
「だから、そういった感情だけで判断してはなりません。田村殿のように、色々と吟味し、多くの意見を聞き、そこから公正な判断をなされる方でないと」
「分かっておるがな。田村殿とわしとの関係はあまりない。それに重く用いてくれんだろう。だが、藤堂殿はわしが好きだし、藤堂殿も、わしのことを気に入り、色々と世話になった。まだ子供時代だがな」
「藤堂殿のことはお忘れ下され」
「うむ」
「我が一族の命運がかかっております」
「田村殿で、大丈夫なのか」
「はい、爺が保証します」
「しかし、田村殿では何も決められんと思うがな」
「え」
「いや、判断が遅い人だと聞いておる」
「慎重なのです。藤堂殿のように、ただの思いだけで決める人ではありませんから」
「では、何で決めるんだ」
「さあ」
「同じことじゃないのか」
「違います」
「分かった、よきにせい」
「ははあ」
 
   了

 


2021年6月9日

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