小説 川崎サイト

 

夏場の鬼太郎


 夏になると夏場の鬼太郎が出るらしい。夏場だけの妖怪。
 取って付けたような嘘の話。誰もそんなものは信じない。それ以前に妖怪が出るというのも普通は信じていない。ただし、それを体験した人は別。
 妖怪は見えるものもいる。神様や仏様は見えない。なぜなら着ているもので年代などが分かってしまう。
 だから夏場の鬼太郎などは見え透いた妖怪。見え透いた嘘で、工夫もない。
 だが、妖怪博士に依頼が来た。今年も夏場の鬼太郎が出たので、調べて欲しいと。
 当然妖怪博士は、別のことを考えた。夏場の鬼太郎は釣りで、妖怪博士を呼び出すための餌ではないかと。
 しかし、見え透いた妖怪ので、吊り広告のような巧妙さはない。逆に信用してもいい、また、そんなことを言い出す人はどんな人だろうかと、そちらに興味がいった。それで行くことにした。
 山中の村で、街中にいるよりも涼しいのではないかと思われるが、まだ梅雨は明けていない。涼しいどころか寒いかもしれないが、夏場の鬼太郎が出るのだから、もうその山村も夏のはず。
 ローカル線を乗り継ぎ、廃線になったところからはバスが出ており、そこから田舎町に入り、さらにそこから夏場の鬼太郎の出る村へ向かうのだが、マイクロバスが出ているだけ。外からの訪問者はいないのだろう。村の人は自家用車で移動しているようだ。
 連絡をしていたので、迎えの軽ワゴンが来た。
 子供がそのまま大きくなったような頭で、かなり大きい。おかっぱの大顔の男。これが依頼者だ。
「どんな感じなのですかな」
「夏場に出る妖怪です」
「姿は」
「あります」
「どんな」
「子供です」
 妖怪博士は、この童顔の青年が夏場の鬼太郎ではないかと思った。依頼者が犯人はよくあるが、それは禁じ手。だが背も低いので、遠くから見れば子供だ。
「服装は」
「ランニングシャツに半ズボン」
「セミとか、虫取りの子供じゃないのですかな」
「セミはまだ鳴いていません。しかし」
「はい」
「蝉丸も出ます」
「蝉の妖怪ですかな」
「大きいです。でもこれは冗談です」
「ああ」
 車内で、そんなことを話している間に山村に着いた。そこまでに廃村が二つほどある。その説明も聞いた。しかし、さらに山深いところの村へ向かっているのだ。
 到着したときの村の明るさは、夏の陽射しのためだけではなく、まばゆいばかりの風景。絵に描いたような夕日の差す棚田の脇に屋根が見える。どの家も大きい。そんな棚田だけで、それだけの家が建つのだろうかと思うほど。
 依頼者の家も豪邸といえるほどの農家。
「この近くに、何か施設のようなものはありませんかな」
「ありません」
 妖怪博士は林間学校とか、野外体験センターとか、そういうのを最初考えた。そこに来ていた子供ではないかと。
 到着したのはもう夕方。妖怪博士の出るのが遅かったのだ。結構遠いというより、便が少ないので、思ったよりも時間がかかった。
 夕食には海の幸、川の幸、山の幸が出た。ここで栽培したという椎茸のボリュームには驚いた。そして意外と柔らかい。焼き椎茸がこんなにうまいとは妖怪博士は思わなかった。
「椎茸なので、椎の木にくっついているキノコですな」
「そうです。丸太を組んで、そこで栽培しています」
「松茸は」
「もっと先ですが、松茸山もあります」
「で、夏場の鬼太郎はどのあたりに出ます。そういった繁みの中じゃないのですか」
「その通りです」
 子供が盗りに来ているのかもしれない。
 しかし、夏場限定の妖怪なので、それにふさわしい作物を盗りに来るはず。妖怪博士はまだまだ妖怪の正体を妖怪だとは思っていない。それは最後の最後だろう。
 大きな家だが、依頼者夫婦と子供二人だけで、年寄りは街で暮らしているとか。子供は二人とも小学生で、双子の男子。依頼者にそっくり。
 妖怪博士は、色々と想像している。この双子が夏場の鬼太郎ではないかと。しかし、何故そんなことをするのかという動機がない。
 
 その日は、泊まることにした。もう遅いので、ローカル駅まで戻っても、終電後。
 当然のように妖怪博士は一泊した。夜更けまで話を聞きたかったが、寝る前に興奮したくないので、翌朝にした。
 朝食のときにも妖怪博士は、黙ったままで、何も聞かない。朝はテンションが低いので、その気にならないのだろう。
 それよりも、夏場の鬼太郎の発見現場を見たい。まずは現場からだ。そして現場に着く頃には寝ぼけた頭も回転し始めるだろう。
 奥さんは幽霊のように細くて背の高い人。その人が力のない握り飯を作ってくれた。昼の弁当だ。梅干しが一つ入っているだけ。あまり料理は得意ではないようだ。
 発見現場はすぐ近くで、少し山に入ったところ。といってもこの村そのものが山の中にあるのだが。
 椎茸を栽培している少しだけ開けたところがある。そこで作業中、夏場の鬼太郎が姿を現したとか。
「ああ、また夏が来たなあと思いましたよ」
「どうなりました。その妖怪、何をする妖怪でしたかな。昨夜聞こうと思っていたのですが、忘れました」
「さあ、僕もよく分かりませんが、近付くと、さっと逃げました。だから、人を襲う妖怪ではないと思いますよ」
「それで、私に何をして欲しいのですかな」
「正体が知りたいのです。あれは一体何かを」
「あなたの方が詳しいのではありませんか」
 依頼者は下を向いていたが、妖怪博士の目を見た。妖怪博士は、さっと視線を逸らせた。
「目撃場所は、ここだけですか」
「いえ、戻りの山道で、前をさっと横切ったりします」
「村の中まで入ってこないのですね」
「そうです。山の中だけです」
「じゃ、家の中での目撃談も当然ないわけですな」
「ありません」
「他に見た人はいませんか」
「いません」
「あ、そう。あ、そう」
 妖怪博士は深い瞼を何度も上げたり下げたりした。
 この依頼者、本当の目的は何だろうかと、そちらの方が気になった。
 半ズボンでランニングシャツの子供。まるで虫取りにでも出た少年ではないか。昔からいる妖怪ではなく、その服装から、それほど古い時代ではない。
「夏場の鬼太郎と名付けたのはあなたですかな」
「そうです」
「何故鬼太郎なのですか」
「鬼伝説があるからです」
「ああ、鬼の住む山、天狗の出る山など、全国津々浦々、よくありますねえ」
「この地にもあります」
「天狗が多いと思うのですが、鬼は天狗ほどには動作が早くない。一寸鈍いですなあ」
 そんな感想を言っている場合ではないが、鬼と関係しているらしい。この依頼者が勝手に結びつけたのだろう。
 ということは正体は鬼。これで解決。もう調べる必要はない。今風な小鬼が夏場の鬼太郎。太郎とは語呂だろう。男という程度で。
 依頼者も、そうだと答えた。
 椎茸を栽培している場所、これはじめっとしたところにある渓谷だが、そこを出て、少しだけ渓谷の斜面を上ると、村がよく見える。
「まだ早いが、ここで昼にしませんか」
 確かにまだ早い。妖怪博士は、意味があって早弁に持ち込もうとしたわけではなさそうで、握り飯を早く食べたかったためだろう。夕食も朝食も結構しつこいものが出ており、このあたりであっさりとした塩むすびと梅干しが欲しくなったようだ。
 村が見晴らせる岩場に二人は座る。
「こういうところには出ませんか」
「出ません」
「でも山道を横切ったりするのを見られたのでしょ。だったら、この岩場の隙間にいてもおかしくはない。臆病な小鬼のようなので、覗いていたりしそうですなあ」
「はあ」
「こういった握り飯とか、弁当とかがなくなっていたとかはありませんか」
「ありません」
 鬼は握り飯が好きなような気がするが、焼いて、お焦げのついた香ばしいものがいいのだろう。つまり焼きおにぎりなら、盗りに来るかもしれないと妖怪博士は思った。もう正体は鬼だと決めてかかったのだ。
 握り飯を二人で囓りだしたが、依頼者は腹がすいていないようだ。妖怪博士も、途中で一寸食べるペースが落ちた。塩が薄いのだ。それで梅干しを囓ったが、これが意外と甘い。
「ここへ来るまで二つほど村を通過したのですが、もう誰も住んでいないのですかな」
「そうです」
 鬼とは関係しないようだ。
「しかし、そこよりも深い場所にある、この村は元気そうですが」
「住んでいる人達が違いますから」
「そうなんですか」
「落人村でしたから」
「ああ、なるほど。じゃ百姓ではなく、武家が住んでいたと」
「そうです。僕の先祖もそうです。加山と言います」
「農家以外に、何か副業とか」
「出稼ぎのようなものです」
「ああ、なるほど。それと、その夏場の鬼太郎なんですが、無帽ですか」
「え」
「帽子か何かを」
「いえ、丸坊主ですが、少し伸びていました」
「手に何か持ってませんでしたか。たとえば虫取り網とか、魚をすくう網とか」
「網ではありませんが、竹棒を持ってました」
「竹」
「杖にしては長いですが」
「はい、有り難うございました。最近のことなんですね」
「はあ」
 
 大きな農家に戻ると、昼を少し回った程度。妖怪博士は帰り支度を整え終えた。
 双子がちらちらっと妖怪博士を見に来ていた。坊主頭だ。
「あのう」
 妖怪博士が帰ろうとするので、調査結果を聞きたいようだ。依頼人としては当然だろう。
「分かりましたか。妖怪の正体を」
「あれ、山の中で言いませんでしたかな」
「え」
「鬼でしょ」
「はあ」
「だから、夏場に出る小鬼でしょ。あなたの名付け方は実に的確です。正体をよく現しています」
「でも、何故夏場だけなのでしょう」
「それは夏場の鬼太郎に聞いてみないと分かりませんが、捕まえて聞き出しますかな」
「いえ、そこまでは、それにすばしっこいので、無理です。逆に僕が悪いことをしているような気になります」
「そうでしょ。相手はまだ小鬼。鬼ごっこの鬼と同じで、逃げるものを追うのは大人げない」
「はい」
「夏場の鬼太郎の正体は、小鬼。調査結果は以上です」
「はあ」
 暑いのか、玄関戸は開いている。妖怪博士は外に出ようとすると、双子がすり抜けて行った。そして振り返り、少し笑い、そのあと、庭の方へ逃げた。
 表の村道に出ると、すぐに依頼人の加山が庭から軽ワゴンを急いで出し、妖怪博士に追いついた。
 近くの町までの便は少なく、歩いてだとかなり遠い。
「すみません。送ります」
 加山はドアを開け、狭苦しいワゴン車の助手席に妖怪博士を乗せた。シートに小さなカボチャが乗っており、それをさっと加山は後ろの荷台に投げ込んだ。
 二人とも、妖怪夏場の鬼太郎についてはもう何も語らなかった。
 
   了

 


2021年6月11日

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