小説 川崎サイト

 

楽しい人


 楽しいことが続くと、実際には楽しめない。たまにだから楽しめる。大きな楽しみもいいが、滅多にない。
 小さな楽しみはよくあるが、それが重なると楽しさを楽しむには過剰すぎる。
 三つも四つも楽しみが重なると、楽しみを食べ散らすようなもの。
「そんなに楽しいことが多いのかい」
「ああ」
「結構なことだ。苦しいことばかりの世の中なのに」
「君もかい」
「僕は避けているし、逃げているので、それほど苦しい状態に追い込まれないがね。しかし、そのツケがどっと来たりするよ」
「苦しいことが目立つのだね」
「そうだよ」
「私は楽しいことばかりに注目しているので、次の楽しみばかりを気にして生きている」
「でも苦しいことがあるだろ」
「それはあまり気にしないでいる。それよりも楽しいことが目立つのでね」
「いや、僕は苦しいことの方が目立つ」
「そんなとき、楽しいことを思えばいいんだよ」
「そう簡単に楽しいことなんて見当たらないよ」
「見付け出すんだよ」
「じゃ、僕は見付け方が下手なんだ」
「楽しいことを望まないからさ」
「望んでいるよ。しかし、何が楽しいのかが分からない」
「それはある。楽しいことが重なりすぎると、本当に楽しいことなのかと、思ってしまうよ」
「重なるほどあるのか、凄いなあ。どうして手に入れたんだ」
「普段から探すことだよ」
「楽しみになるようなものを探す。確かにそうだけど。さっきも言ったように、何が楽しいのか、しっかりしないんだ」
「楽しいと思えたことが楽しいんだ」
「そのままだね」
「でも、楽しいことは作らないとなかなか出てこないよ」
「作る」
「簡単な楽しみから始めればいい」
「でも、すぐに飽きてしまう」
「それは一方的に与えられた楽しさだからさ。自分で見出し、楽しさを織るんだ」
「折る」
「紡ぐんだ」
「難しそうだ。簡単には手に入らないのかい」
「最初は簡単だよ。しかし、飽きないように、その楽しみを引っ張ることがコツなんだ。これを楽しみを織りなすという」
「大層な」
「まあ、楽しさなんて、様々で、本人が楽しいと実感できることでないと、駄目だけどね。楽しいはずだ程度では駄目で、楽しいはずなのに、それほどでもないことの方が多いよ」
「よく分からないけど、君のように楽しみをメインに持ってくるのも悪くないなあ」
「たまに極楽を見る」
「楽しさの極みだね」
「極楽浄土だ」
「楽しいことをしていると、極楽へ行けるわけか」
「この世の極楽だよ。そういう瞬間がたまにある」
「それは大金を叩いて、楽しみを買うようなものかい」
「楽しみはいっぱい売っているけど、それほどでもないことが多いよ。それに娯楽のために、お金を使うと、あとが苦しいだろ。だから売っている楽しみにも限界がある。小遣いも限られているからね」
「売っていない楽しみは」
「そっちがいいよ。買わなくて手に入るものもあるしね」
「色々とやってるんだな」
「楽しむためには労を厭わない」
「ああ、僕はその労が嫌で、楽しみに至らないのかもしれないなあ」
「まあ、過剰な楽しみは、それはそれで、楽しむのに忙しすぎて、楽しさを失うこともあるから、注意が必要だ」
「そんなにいっぱい楽しいことが重なる状態になってみたいよ」
「編み出せば、できるよ」
「分かった、やってみよう」
「まずは一本の糸からだ」
「それを意図すると言うんだね」
「違う」
 
   了

 

  


2021年6月22日

小説 川崎サイト